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わたくしの可愛いメイドの話

 

 朝起きたらアルバート様の顔が視界いっぱいに広がった。朝日にキラキラと輝く淡い冬の木々のような御髪はふわふわと踊りまるで天使の羽のような…


「天使の羽は白い物なのでは?」

「誰が天使の羽は白と決めたのですか?そもそも…」

「お嬢様、今自分が叱られているとご理解頂いていますか?」

「はい」


 アルバート様が起こしてくださった後、わたくしの悪巧みがばれてからが大変でした。主にプルメリアが。

 普段は朝の準備に追われているプルメリアがわざわざわたくしの寝室までやってきたと思ったらさっさと殿方を叱り飛ばし部屋から放り出したと思ったらそのままわたくしはベッドの上でお説教されて現在。ベッドとはいえそろそろ足が痺れてまいりました。


「全く…アルバート様が穏便にとキースに言い含めていたから良いものの本来であればメイドごとお叱りを受け彼女はアルバート様とキースの手を煩わせたと言われ一番軽くても減給ものだったのですよ?わかっておりますか?」

「ごめんなさい…そこまで考えておりませんでした」

「そうでしょうとも」


 昔から朝が苦手なわたくしの寝室は日の光を最大限取り入れられるよう薄いカーテンに白く明るい部屋で朝の目覚めが酷く億劫でこっそり天蓋のカーテンに分厚い布を追加してメイドのベティをおやつで釣り時間ギリギリまで起こさないでいてもらったのだ。


「アルバート様が朝の鍛錬を終えるまでまだ時間がございます。この際なのでベティと二人で反省文を書いて頂きましょうか」

「は、反省文ですか?!」


 貴族院でも反省文は書いた事ありませんよ、と小さく抗議するとプルメリアの口角がグッと釣り上がった。ちなみに目元は笑っていない。


「ひっ」

「大丈夫です。忙しい中キースが2人のお目付役を買って出てくださいました。添削もバッチリですよ」

「バッチリ逃げ出せないという事ですね?」


 プルメリアは大きく頷くと一礼して部屋を後にする。それと入れ替わりにキースが目にいっぱいの涙を浮かべたベティを連れて入ってきた。


「失礼いたします。おやお嬢様まだ寝着のままでしたか…では一度失礼して」

「待ってくださいこの状態のベティを放っておかないでくださいまし!」

「お、お嬢様ぁ〜…」

「ベティ…ごめんなさいね、沢山叱られてしまったの?」


 肩に流れる長さの緩やかなウェーブのかかったアプリコットジャムのような明るい髪を後ろで一つにまとめたメイド服姿のベティの大きな淡い桃色の瞳はすでに限界点一歩手前だ。


「違うんです…叱られないんです…ただ、反省文を書けばいいって、わ、私、とうとう怒る価値もないくらい見限られて、しまっ…しまって」


 ぽろっと涙が溢れるともう止まらないのか堪えるように泣き出したベティを横目にキースを見ると困ったように微笑んでいた。


「あーもしかしなくてもわたくしのせいですね?キース」

「アルバート様にお嬢様からメイドは叱らないようにと言付けを受けておりましたので」

「罰がないなんてあり得ません〜!」

「ベティ、2人で反省文を書くようにプルメリアから言われています。充分罰ですよ。ね?」

「は、い…」


 ベティを宥めすかし落ち着いたのを見届けると後ほどお伺い致します、とキースは一礼して部屋を出た。2人で寝室を出て反省文を必死に書いた。

 プルメリアはベティのグズグズ具合も織り込み済みでアルバート様の朝の鍛錬の時間中と期限をつけて反省文を書かせることにしたのだろう。この屋敷のメイドの数は決して多くない。ベティの手が1人分抜けるだけで割と慌しくなるくらいには。


 これでいてベティも優秀な人材ではあるのだ。ただ少し自分に自信がないだけで。


 彼女は私と同い年で学園のあの事件を生徒として目撃した1人だ。

 ベル男爵家の三女だが彼女だけは男爵が余所の貴族の女性との間に出来た子で使用人以下の扱いを受けていたらしい。ろくに貴族の教育をされないまま世間体の為だけに入学させられ母方のご令嬢の取り巻き…もとい使用人のようなことをさせられていた時にあの事件を目撃したのだ。

 卒業後は遠縁の貴族に嫁ぐ予定だったがあの事件にベル男爵家の長女が主犯格にいたせいでお家取り潰し、嫁ぐ予定も消え行く当てもないベティを引き取ったのが当時の私だ。


 ベティはクラスが同じで頭が良かったのだ。

 使用人として過ごしていたからか貴族のルールを深く理解していなかったベティはそれでも一度授業で習ったものは忘れず応用が出来る頭の持ち主だ。話しかけるとおどおどするものの自分で考えることのできるご令嬢だったため今後に生かせないかと目をつけていて正解だった。

 あの時はまさか自分が領地を収めるとは思っていなかっただけにこうなった時にはプルメリアと手を叩き合ったものだ。



「なんとか書き終えました〜…」

「私もです…キースに届けなければね」

「私が届けます〜その前にお嬢様はお着替えにならないといけませんね」


 一応形になった反省文を前に2人して胸を撫で下ろしていると扉がノックされた。ベティが扉を開けると髪を濡らしたアルバートが顔を覗かせた。


「もうすぐ朝食だとプルメリアに言われて声をかけにきたんだが」

「まあ、アルバート様」


 慌てて駆け寄るとベティが前に立ちはだかる。


「お嬢様!まだ寝着のままですから殿方の前に出ては行けません!」

「申し訳ありません、今まで反省文を書いていて…」

「いや、皆忙しいだろうと俺が勝手に来たんだ。考えてみれば朝から淑女の部屋を訪れるべきじゃなかった、許してほしい」


 アルバート様は申し訳なさそうに頭を下げてしまった。どこまで辿ってもわたくしのせいなのだけど…正直昨日のうちに寝着はこれでもかと見られたわけですし、今更感もあるけれどこんな姿を見られたいかと言われればあまり見られたくないわけで…


 2人してモゴモゴしているとベティがスッと背筋を伸ばした。


「アルバート様、お嬢様はこれから速やかに身支度を整えます。恐れ入りますがアルバート様に食堂へのエスコートをお願いしてもよろしいでしょうか?」

「ああ、勿論」

「ご用意出来次第お呼びいたしますので今しばらくお待ちください」

「ありがとう。慌てなくていいから綺麗にしてあげてほしい」


 今日は2人でお茶会をするんだ、とひどく優しい声がした。


「かしこまりました」


 ベティは一礼して扉を閉めるとゴッと鈍い音が部屋に響いた。ぎょっとしてベティに近寄ると頭を扉に打ち付けたようで額が扉に張り付いている。


「ベティ…?」

「き、緊張しました」

「そ、そうね、緊張したわね、あの、頭大丈夫…?」


 ギギギと油の足りないカラクリ人形のようにカクカクした動作でこちらを振り向くベティの顔は青白かった。


「だっだっだってアルバート様ですよ、あのアルバート様、私ちゃんと喋ってましたか」

「大丈夫よ、完璧だったわ」


 ただエスコートは要らなかったと思う。今言ったら気絶してしまいそうだから言わないけれど。

 でも少し図々しかったと反省する。今日は朝から反省してばかりだわ。


「優しかったですね、アルバート様…あ、そうでした御支度しなくちゃお嬢様どんな服になさいますか?」


 ベティはもう気を取り直したのか口を動かしながらクローゼットを開ける。この切り替えの速さは見習いたいと常々思う。


「普段より少し華やかにしてもいいかしら…」

「でしたらこちらかこちらですね!」


 一応わたくしに聞いている体ではあるけれどこれは聞いていないパターンだ。

 答えるより先に手が服をとっているのだから。

 でもこのまま任せていようと思う。こうなったベティの集中力はプルメリアのそれを超えずとも等しいのだ。


 この子(ベティ)のいい方向に向く暴走加減はわたくしが気に入っているところであるのは本人には内緒だ。


「おすすめはこっちです!」

「素敵ね。わたくしもこのワンピース好きよ」


 飾り気のない淡い水色のワンピースは下から白いレースが覗き、同じレースがあしらわれたリボンを腰でしめるタイプのもので、腰のリボンは何色か用意されている。その日の気分で変えられるし一枚で印象もガラッと変わる優れもので、シンプルな分腰から下のドレープはたっぷり取られていて、くるりと回るとひらひら裾が踊るのがお気に入りの一枚。


「リボンは桃色は如何ですか?髪紐と合わせて華やかなイメージになります!」

「ふふベティの色ね、嬉しいわ」


 ベティはぱあっと頬を赤めて着付けを済ませ髪をまとめてくれた。サイドを編み上げてハーフアップにして腰のリボンと同じ色の髪紐で飾る。

 メイクも薄付きながら目元を強調させて完成だ。


 ベティがアルバート様を呼びに行っている間に昨日の書類のことを思い出し辺りを見回したが書類がなかった。どうしたかしらと昨日のことを思い出してブワッと冷や汗が出るのを感じる。

 昨日、アルバート様がカップを片付けてくれたあたりから記憶がないのだ。もしかして私は大失態を犯しているのではないのかしら


「ライラ朝食に…どうした?」


 控えめなノックとともに顔を覗かせたアルバート様が私の様子に眉を潜めた。


「あの、つかぬことをお伺いいたしますが…」

「あ、ああ」

「わたくし、昨日どうやって寝室まで戻ったのでしょうか…?」

「…?俺が運んだがまずかったか?」

「ああっやっぱりそうなのですね?!申し訳ありませんでした!寝落ちてしまうなんて…」


 いや寝落ちてしまうのは割とザラなのだがそれをアルバート様に見られたのが居た堪れない。そのままソファに転がしておいても良かったのだけれどいやでも運んでもらえたのは正直ものすごく嬉しい。けれどどうせそこまで恥を晒すのであればいっそ覚えていたかった!一生のうちにあるか無いかの一大イベントだったのでは?!


「疲れていたのに引き止めてしまったのは俺だから…ああ、書類ならキースに頼んだから問題ないと思うよ」

「いえそこはいいのですが…でもありがとうございます」

「さあ行こう?心配したプルメリアが乗り込んでくるぞ」


 スッと差し出された手を重ねると食堂までエスコートしてもらえた。朝からどころか昨夜から反省しっぱなしだけれど、このご褒美のためだと思えば有り余る幸福だと思います。


「まあおかげでライラもこれからは朝起きれそうだな」

「アルバート様とご朝食を共にすると決めたのですから朝くらい起きる予定だったのです…これでも」

「はいはい…ああそうだ、ポプリありがとう。とてもよく眠れたよ」

「良かったです。お茶会の時に言っていたでしょう?社交辞令だったらどうしようかと思ったのですが…引き続き置いても大丈夫ですか?」

「ああ、頼むよ。あまりきついのは苦手なんだがあの香りはきつくなくていい」

「ふふ、ポプリを作るのが好きなものがおりますから違う香りも作れますし、お気に入りのものができたら是非別宅にもお持ちくださいませ」


 メアリ様が来てから作らせてもいい。そう話すとアルバート様は小さくそうだな、と呟いた。メアリ様の荷物は引越し作業を数人のメイドで行っているようで、毎日少しずつ行われている。

 実は今日も荷物の搬入にメイドが何人か来る予定なのだと告げていないことに気付いて胸が軋んだ。


 本人はこないのだし、黙っていたいなと黒いモヤが心を支配するのを感じた。



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