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(アルバート視点)きつく蓋をする


「アメリア様!」

「アメリア!どうしたんだ!アメリア!」

「動かすなセドリック!頭になにか起きていたらどうする!」


 倒れかけたアメリアをいち早く抱き留めてくれたのはライラだった。

 セドリックは伸ばした手を止める。ライラがどうすればいいかと涙目になっているのをみて案外普通だと思ってしまった。

 ‥‥きっと気を失った人間を見るのは初めてだろう。


「ライラ、ゆっくりベッドへ寝かせて‥‥医者を呼んで貰えるよう頼んでくれるかな」

「は、はい、呼んでまいります」

「最近おかしいんだ、食べ物を食べたり、匂いを嗅ぐと直ぐに気持ち悪くなったり、すぐ暑がったり‥‥めまいやふらつきもあるし‥‥」

「‥‥セドリック、アメリアは動悸が激しくなったとか、気分が不安定だったりしないか」


 メイドに声をかけたライラが直ぐに戻ってくるとそういえば、と声を上げた。


「最近動悸がしたり、すぐ気持ち悪くなるとは言っておりましたわ。気分は不安定だったかも知れません‥‥急に声を荒らげておりましたから」


 なるほど、だからさっき気をつけの姿勢を取らされたのか。

 アメリアは普段温厚な人間がキレると怖いと言われる典型的なタイプだと思う。


「なにか心当たりがあるのか」

「‥‥違うかもしれないが‥‥妊娠してるんじゃないか?」

「は?」

「え?」

「母上が兄弟を妊娠しているって分かった頃に似てるんだよ、症状が」


 流石に月のものが来ているかどうかは自分には分からないし他の病気かもしれないが妹はこれまで風邪ひとつひいたことのない健康体である。


「とりあえずお医者様に見せましょう。悪い病気じゃなくても意識を失うのは問題です」

「アメリアは最近寝不足気味だったんだ、珍しく積極的にお茶会にも参加したりして‥‥アルバートのことが心配だったんだろう」

「‥‥そんなこと1度も」

「言える訳ありませんわ、1番頼りにしていたお兄様の問題を本人になんて聞けないでしょう?」


 ね?と言い聞かせるようにライラが顔を覗かせる。それはそうかと頷くと部屋にノックの音が響いた。直ぐに扉が開き医者と王宮のメイドとライラの侍女プルメリアがやってきた。

 プルメリアはライラと合流し、医者は様子を見ると今は眠っているのでこのまま寝かせた方がいいだろうと教えてくれた。

 大事を取って今夜はここに泊まることをすすめられ、セドリックも了承する。

 明日また来るという医者を見送り一息つき、手早くお茶が用意された席へ3人が座るとセドリックが意外そうな声で笑った。


「‥‥アンタ意外とアルバートに案外身内認定されてるじゃないか」

「セドリック!不敬だバカ」

「いっ‥‥すみません」


 ゴッと振り下ろした拳をさっさとしまう。

 が、アンタ呼ばわりは気にしていないのか気にする暇がないのか目を丸くして先程とは違うキラキラした目でセドリックを見た。


「まあ、身内判定ですか?」


「コイツは確かに顔はいいし身内には甘いが他人には冷たい。冷たいと言うより聞く耳を持たないというかこうだと決めたら譲らない。素直に人の意見を聞くのは身内か身内認定された私くらいだ」

「ちゃんと上司の話も聞いてる」

「7割な」

「おふたりはとても仲がよろしいのですね」

「幼なじみなんだよ。セドリックがいるトーマス領は隣りの領地でね」

「武器のトーマス騎士のラッセルってな」

「だからお前はどうしてそう口が悪いんだ。すまないライラ、悪気はないんだが‥‥」

「いいえ、構いません。とても楽しいですし‥‥セドリック様もどうぞライラとお呼びください」

「俺もセドリックでいい。よろしく、ライラ嬢」


 握手を交わして微笑み合う姿にモヤっとしながら流されそうになったがふと気づく。


「お前、随分態度を変えるじゃないか。さっきまで悪名高いだのなんだの」

「なんだヤキモチか?もう本人目の前にやっちまったしなぁ‥‥しかしそうだな、礼はきちんとしないとな」


 セドリックは音もなく席を立つとライラの足元に跪く。ライラはきょとんとした顔でセドリックと俺の顔を見ているので、そのまま、と口を開くと神妙な顔で頷いた。


「噂に呑まれ悪名高いご令嬢だと誤解しておりました。騎士たるもの信用するに足る相手を見間違えてはなりません。妻を助けて頂いた恩を必ずやこの身に替えてお返し致します」

「ではどうかその恩をアルバート様にお返しください」

「は?」

「私は基本ローウェルの街に引きこもってますしアルバート様はわたくしの夫となりました。ならばわたくしのかわりにアルバート様に何かあった時、手を貸して頂きたいのです」

「ライラ嬢がそれでいいなら‥‥」

「構いませんわ、ありがとうございます」


 嬉しそうにニコニコしている顔をみると罪悪感が湧く。だが俺にとって第一優先はメアリーだ。そこは譲れない。

 昔から姿は見せずとも差し入れをくれたり手紙をくれたりして俺の心を支えていてくれたのは彼女なのだ。


 多少騎士のことに疎くてもいいじゃないか。彼女は騎士ではないし俺が強くなればいい。


 ライラのことは嫌いではないが今は妹のようだと思う。


 顔が強ばっていたのか向かいに座るライラが心配そうにこちらを見ていた。

 初めて見る深紅のドレス(濃い色の衣装)はとても似合っているがもっと落ち着いた色合いのドレスがみたい。殿下達の着ていた藍色やアメリアが着ていた深い緑はどうだろう。うん。似合うと思う。

 普段の色合いならメアリーの着ていた色もいい。だが出来れば薄い茶色のような色も‥‥いやそんな色着ているご令嬢はいないな‥‥


「‥‥アルバート様」

「ん?なんだい?」

「アメリア様も休まれていらっしゃいますしわたくし達もひと段落しましたから夜会に戻られてもよろしいのですよ」

「‥‥ライラは」

「他の個室で休もうかと。足が思っていたより痛いので‥‥帰りは同じ馬車で帰らなければなりませんのでお泊まりはさせてあげられないのですが‥‥」


 これは暗にメアリと会ってきてもいいよ、と言っているのだろうと思う。が、正直先程会ったとき妹の体調を伺いに行くと言ってるのに今の流れている曲だけでいいからと泣きつかれて困った記憶の方が強く夜会に参加する気になれなかった。


 メアリーには悪いが友人も多いし大丈夫だろう。ライラがひとり部屋で休んでる方がずっと気になる。


「ならもう帰ろう?」


 ライラだけでなくセドリックさえ口を開けてぽかんとしている。


「‥‥奥様、口を閉じてください。みっともありません」


 痺れを切らした侍女のプルメリアが苦言を呈すと静かに口を閉じるライラとセドリックに笑いが零れた。


「なんて顔してるんだ2人とも」

「こんな顔にもなるわ、帰るって言ったんだぞミラー男爵令嬢に会わずに」

「ライラは足が痛いんだろう?部屋に一人でいるよりいいじゃないか」

「ええっ?いえ、あの、わたくしのことはお気になさらず‥‥」

「ライラは俺に出たくもない夜会に出て欲しいのか?」

「そんなことあるわけありません」

「いいんじゃないか?帰っちゃえば」


 気を取り直したのか紅茶をすすりながらセドリックがケラケラ笑う。毎度思うがコイツ本当には伯爵子息なんだろうか。いや伯爵子息なんだが。


「他の主役達はまだまだ帰らないだろうし1組いないくらいで騒ぎにならないだろ、既に二人共引っ込んでるわけだし?色々噂もある。納得する輩も多いから安心して帰っちゃえよ」

「‥‥本当によろしいのですか?次に逢えるのは先になってしまいますよ」

「ああ、気にしなくていい」

「わかりました‥‥プルメリア」

「はい、ご用意致します。もう暫くお待ちくださいませ」


 一礼して外に出ていく彼女を見送るとライラは部屋を見渡し小さめの文机を見つけるとそちらへ寄って行き備え付けの紙とペンを取り出し何かを書き始めた。


「ライラ、何をしているんだ?」

「少々言付けを‥‥よし、少々お待ちくださいませ」


 そそくさと廊下に待機しているメイドにそれを手渡し戻ってくる。


「ラブレターか?」


 からかうような口調のセドリックを睨むとうふふ、と笑って流すだけのライラに少し面白くないなと思ってしまった。


「そうですね、どちらかといえば他人のラブレターです」

「なんだそりゃ」


 覚めた紅茶を啜りながら口を挟まないでいるとライラとセドリックが何やら内緒話してクスクス笑っていた。


 弟や妹が楽しそうにしているのはとても微笑ましい光景のはずなのにあの笑顔が自分に向かないことに面白くないなと感じた自分に凄く驚いた。

 メアリーにもこんな感情を抱いたことはないのに。


 この気持ちにはまだ気づきたくない。

 俺はこの感情にきつく蓋をすることに決めた。





「旦那様、奥様。馬車のご準備が整いました」

「ありがとうプルメリア。ではセドリック様、わたくし達はこれで失礼致しますわ」

「妹のこと、頼む」

「ああ、状態がわかったら連絡する」


 丁寧に礼をするライラをエスコートしながら部屋を後にする。

 今回の御者は背の高い彼女ではないらしい。


「今回はプルメリアではないんだな」

「ふふ、アルバート様もご存知ですし相談はされたのですけれどね、夜会の御者は基本その場に残ったり控え室にいなくてはいけませんから‥‥プルメリアは女性だもの、男性ばかりの所には放り込むのは嫌だったんです」

「ああ、それは良くないな」

「‥‥自分はこの身長ですからあまり輩は寄ってこないと進言したのですが‥‥」

「いや、辞めた方がいいだろう。普段キツめの美人を組み敷くのがいいとほざく愚か者もいる」

「やっぱり辞めさせて正解ですわね」


 うんうんと2人で頷いていると、小さくため息をつかれた。


「相変わらず甘いですね」

「当然です。わたくしの侍女なのですから」


 背の高い背中が誇らしげに見えたのは気のせいではないとわかった。先ほどよりも背筋が伸びたからだ。


 屋敷の外へ出ると馬車とひとりの御者であろう男性が立って待っていた。

 背筋も伸びている為立っているだけでも美しい所作に見える。


「アルバート様、ご紹介致しますわ。うちの執事のキースです」

「ああ、やっぱりただの御者ではないんだな」

「お初にお目にかかります。奥様の前の代であるエイベル様から仕えております、キースと申します」

「アルバートと申します。よろしくお願いします」


 ラッセル家は基本的に仕えている者たちの距離が近い。家が貧乏貴族と大家族の二重苦もあって一緒に苦難を乗り越えるべき家族みたいな者たちだからだ。


 だからこそ自分ができないことをする人には敬意を払う。


「私めなどに御丁寧なご挨拶、痛み入ります。さあ、どうぞ中へ」


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