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(トーマス夫婦視点)トーマス夫婦の杞憂

 

「本当に体調は大丈夫なのか?」

「ええ、大分落ち着きましたから。ライラ様のお陰だわ」

「そうだが…あのライラ嬢だろう?君を陥れるかもしれないじゃないか、アルバートみたいに」

「お兄様も私も助けられたのです、そんな言い方なさらないで…」


 ライラ様に助けて頂いたあと夫のセドリックが部屋にやってきたのはすぐだった。

 部屋にノックの音が響くとベッドの横に居たセドリックが返事をした後に扉が開かれる。兄夫婦かと思っていたらライラ様がひとり部屋にやってきた。


「まあ、ライラ様」

「横になっていらして、ごめんなさい本当はお邪魔するつもりはなかったのだけど…アルバート様がいらっしゃるまでは避難させていただけませんか?」

「ありがとうございます…勿論ですわ、ご紹介させてくださいまし。夫のセドリック・トーマスです」

「お初にお目にかかります。先ほどは妻に部屋をあてがって下さいましてありがとうございました」

「ライラ・ウォーカーと申します。わたくしはメイドに声をかけただけですわ」

「いいえ、妻だけではこんないい部屋には通してもらえませんから」


 王宮とて貸せる部屋は限られている。高い爵位の妻や御令嬢であればいい部屋をあてがわれるが爵位のない貴族や低い爵位の御令嬢ではベッドのない小部屋があてがわれてしまうのだ。

 爵位の高い御令嬢のライラ様が声をかけたことでベッドのある部屋へ案内して貰えたのだ。王宮騎士とはいえ爵位を継いでいないセドリックの妻の私だけでは怪しいものだ。


「この名前が役に立ってよかったですわ」


 ゆっくり身体を起こす私に手を貸すセドリックは心配そうに顔を覗く。この人は本当に心配性なんだから…本人を知る前にご友人に色々吹き込まれたセドリックは短時間でライラ様をよく思わなくなっていたようだった。王宮騎士ともあろうお方が噂ばかり信じるのは如何なものかと思ってしまう。

 やっぱり部屋を出たほうがいいかしら、と心配そうに呟く声が聞こえた。


「アメリア」

「大丈夫、ありがとうございます。セドリック様、私ライラ様とお話したいので夜会にお戻り下さいな」

「な、そんなことはできない!あのライラ様がいるの、に…」


 ハッとこちらを振り向き申し訳ありません、と謝る。流石に本人に向かっては失礼だと思ったようだった。セドリック様、本人が居なくても失礼だと思います。


「かまいませんわ、そういう風に噂が広まる様に仕向けたのはわたくしですから」

「そんなこと…」

「セドリック、お願い席を外して。身内の恥をあなたに晒したくないの…これ以上ライラ様を傷付けないで」

「…すまなかった。アルバートとまた来る」


 ライラ様に一礼するとセドリックは出て行った。それを見送るとライラ様はベッドの側の椅子に腰をかける。


「横になっていてもよろしいのよ」

「本当に楽になりましたから。夫が失礼なことを言ってすみませんでした。最近すぐ気持ち悪くなったり動悸が激しくなったりするものですからひどく心配していて…お医者様に行く前に兄の結婚が決まり夜会に参加することにしたからちょっと敏感になってるんです」

「それは愛されている証拠ですわ。それに悪名が最近一気にあがりましたから二人きりにするのを心配するのも当然です」


 …当然かしら。本人が傍若無人に振る舞っているのを見たりしたならともかく少なくとも私には噂以外の判断できる要素がないのです。


「…ライラ様達が会場に入場する前はずっと他の御令嬢達が噂していたんです。相思相愛だったご令嬢との仲をお金で引き裂いたとか、顔がいいお兄様を手に入れた御令嬢に嫉妬して好きでもないお兄様を奪ったんだとか…私は嫁いでいたのでどのご令嬢のお話かは存じ上げなかったのですが、ドレスの色でわかりました」

「どなただと思ったのかしら」

「ミラー男爵令嬢、ですよね。兄の瞳の色を着た彼女は健気に涙を流しながら他のご令嬢の同情を得ていました」


 最近の貴族の女性は相手がいる人は相手の瞳の色のドレスを着るのが流行りだ。

 1人の方も意中の相手の瞳の色のドレスを着てみせてアピールする話も聞く。


 ちなみに私のドレスもセドリックの瞳の色だ。セドリックは濃い茶色の髪に緑色の髪を伸ばして後ろにひとつに結んでいる。髪留めに私の目の色の濃い紫の宝石がはいっている。男性は大体髪留めやタイピン等小物に相手の女性の色を入れるのだ。


「ですがアメリア様はあまりいい印象を抱いていないように見えますわ」

「…わたくしも最初は信じていましたよ。奪われても思い続けていますと言いながら涙を流す彼女は悲劇のご令嬢のままですから。そうして周りのご子息達もその姿をみて噂を広げ、ライラ様は悪い方だとあっという間に広まりました。ご子息の皆様はそんなミラー男爵令嬢を元気つけようとダンスに誘い、そしてようやく笑った彼女に私は違和感を持ちました」

「違和感?」


 首を傾げたライラ様に一度口を閉じるもライラ様の目を見つめ決意を固める。

 こんな言い分は難癖だと言われればそれまでだし、あとからコレを理由に相手に嫌がらせをされたらこっちまで被害を被る事になる。けれど先程入ってきたライラ様の酷く寂しげに見えた姿が、昔2番目の兄が1度だけ見せた寂しげな姿に重なったから。


「人間というものは悲しくて涙を流す時口角が下がります。涙でメイクは崩れるし涙を流した後肩が震えるものですが、彼女の口角は上がり肩が震えてから涙を流しメイクは崩れていませんでした‥‥まるで劇を見ているみたい」

「それは…アメリア様はどうしてそんな知識を?」

「…実は二番目の兄の受け売りです」

「今水の都にいらっしゃる?」

「はい、私はすぐに騙されるから女の嘘くらいは見破れるようになれと兄から叩き込まれました。兄は自由恋愛主義を謳っていまして…女性についてとても詳しいんです」


 誰かひとりを信じ抜くことが出来ず、特定の方を作らず他所にフラフラと遊び回っているお兄様。アーロンお兄様はあの人を侮蔑するけれど、誰よりも色んな人を見つめ心を見てきた人だと私は思う。

 あまり褒められたことではないのでご内密に、と口止めしたところで喋りすぎたのか気持ち悪くなり突っ伏してしまった。


「大変!ちょっと待ってね今、水を」


 ライラ様はベッド横にあった水差しからグラスへ水を注ぎ私にゆっくり飲ませ横にさせてくれた。


「お医者様を呼びましょう?大きな病気だったらどうするの」

「後でいいです、今はライラ様とお話をしたいから…」

「わたくしとのお話なんていつでも出来ます!」


 その言葉に首を振る。次はいつ会えるか分からない。失礼を承知でライラ様の言葉を遮り口を開く。


「アーロンお兄様に聞きました。あのご令嬢を囲うなんて、それを許すだなんてあり得ません!なによりアルバートお兄様がそれをよしとするだなんて見損ないました…っ」

「アメリア様落ち着いて、身体に悪いわ」

「嫌です!話を聞いてみれば貴方は人のことばかりではありませんか!1日の話をお夕食と共に語らい、ゆっくりする時間を奪ってはいけないとライラ様はそうやって家族とお過ごしになったと仰られたと聞いています!」


 私は半身を起こし叫ぶ様に訴えると同時に扉が開いた。


「じゃあライラ様は誰と話すのですか?1日の話を誰となさるのですか?」

「アメリア?!どうしたんだ!」

「セドリックは黙っていらして!お兄様はそこに気をつけの姿勢です!」


 セドリック帰ってくるのが早いです!

 空気を読んでくださいませ!


「さあライラ様、私はまだ答えを聞いておりません。貴方は夜、誰と話すのですか」

「…私は基本ローウェルの土地の仕事をしております。話すことなどございません」

「兄も仕事へ行き、帰るだけではございませんか」

「アルバート様のお仕事はいつ命懸けの仕事になるか分からないのですよ、家に帰り一日の疲れをとって頂きたいです」

「果たしてその疲れは取れますかな」


 口を開こうとすると、セドリックがつい口を挟んでしまったと言わんばかりの顔で右手を上げた。


「…失礼。アメリア、発言許可を」

「‥‥許可します」

「ミラー男爵令嬢は騎士の右手を塞ぐ女だ。騎士の重きを分からない女が騎士のアルバートを癒せるのか」


 騎士は右手に剣を取り左手に守るべき相手を置く。何があっても剣を取れるように、守ってもらうべき人間もまた理解しておかなければならない。貴族の夫人やご令嬢は大体が理解していることのはずだけどどうやらミラー男爵令嬢は理解していないのですね。


「どうなのです。お兄様」

「…彼女は騎士ではない俺を癒してくれる存在だ。誰に何を言われても手放すつもりはない。俺は彼女を…」

「もういいでしょう、アメリア様」


 ハッとライラ様を見やると酷く傷ついた顔をしていた。こんなはずじゃなかったのに


「わたくしはこんなにも思いあっている恋人達を引き剥がした女です。本来ならば恨まれて当然の所を朝の食事を共にし、見送ることを許されました。それは奇跡のような事なのです。私はわがままですよ、このドレスを見てわかるでしょう?」


 2人の衣装はお互いの色が入っていない。

 最近の流行に沿っていないからだ。


 この国の伝統である婚姻の夜会の深紅のドレスは血の印。

 血の一滴に至るまでこの人は自分のものだと主張し合っているのだ。本来はそれぞれの専属の織物職人に頼み布から作るため色は被らない。だが今はあまり見ることのない伝統でもある。


「こんな色、滑稽でしょう」


 ライラ様は静かに目をぐっと見張り、眉を八の字に歪め、口角は下がり、下唇は噛んでいるのか震えている。

 微かに震える身体を抑えるように顔を1度下げると、直ぐに顔を上げにっこり笑った。


 彼女は心で泣いていた。


 貴族令嬢たるもの下を向いては行けない。泣き顔を相手に見せては行けない。常に笑顔で感情は心に隠すのだ。


 その後興奮したせいか、血の気の下がった私はライラ様に謝罪することなく意識を手放した。










 幼なじみのアルバートと言う男は昔から私のライバルだった。

 私の最愛の妻、アメリアの一番最初のダンスのパートナーはアルバートだという。16歳のデビュタントの時でさえアルバートだったんだぞ!


 既に婚約を結んでいたものの、アメリアのひとつ上の私は当時王宮騎士に成り立てで婚姻の儀式が済んでいない婚約者のデビュタントに参加できなかったのだ。

 当時新しく入った騎士見習いが多かったのも不味かった。


 あとからアメリアに謝り倒した時なんて言ったと思う?


『セドリックは王宮の騎士ですよ、たかだか興味もないデビュタントでお休みするくらいなら騎士の仕事をしている方がよっぽど誇らしいですわ』


 男らし過ぎないか?デビュタントだぞ?

 初めて大人として参加する夜会だぞ?確かに家族枠で上司であるアルバートは参加した。ラッセル子爵もいたし、ご夫妻も居ただろう。でも!最初で最後の純白のドレスをこの目で見たかった。ダンスを踊りたかった…辞めよう、過去は何しても取り戻せない。


 もやもやと考えながら会場を歩き回っているとダンスホールで楽しそうに踊るアルバートとミラー男爵令嬢を見つけた。

 この男は妹の不調も気にせず踊っていたのか。お前の嫁は一人でやってきたというのに。


 声をかけることも出来ず睨んでいると殺気に気づいたのかアルバートが顔を上げる。

 すると何故かほっとした顔をされ、男爵令嬢となにか話すと一礼してそばを離れた。


「アルバート!」

「すまない、断りきれなくて」

「愛しのご令嬢だもんな。お前の悪名高い嫁はもう部屋にいる。2人で話したいと追い出された」

「そうか、話せるほどに回復したんだな」

「それよりお前の嫁と二人きりなんだぞ!なんの嫌がらせをするか」

「ライラはそんな人じゃないよ」


 酒を配っているメイドからグラスを受け取ると目を伏せグラスを一気に仰ぐ。冷たい炭酸が喉をさす痛みに幾分か熱が覚めた気がした。

 グラスを返し直ぐに部屋に向かう。


「ああしてメアリとも交流を持たせてくれる」

「…なあ、なんで交流を持たせるんだ。お前に興味無いってことか?」

「いや、好きだからこれ以上嫌われたくないらしい。結婚さえしなければ愛人を囲うことも許されてる」

「あの女を囲うのか。騎士の右手を塞ぐ女だぞ、周りも言ってる」

「彼女は騎士のことには疎いんだ、大目に見てくれっていつも言ってるじゃないか」


 ミラー男爵令嬢は何度か騎士団の模擬戦を見学に来たことがある。差し入れを持ってくるので一部の若い団員には人気だがアルバートの右手に腕を絡ませるのを見て新人以外は大半がなんだコイツという目になる。

 アルバートは何度か言い聞かせたらしいのだが直らないらしい。


 そんな可愛いものか?アレはお前の為に自分の行いひとつ直す気がないだけじゃないか。


 小部屋の扉を開けると切羽詰まったようなアメリアの声が聞こえた。


「じゃあライラ様は誰と話すのですか?1日の話を誰となさるのですか?」

「アメリア?!どうしたんだ!」

「セドリックは黙っていらして!お兄様はそこに気をつけの姿勢です!」


 心配して声を荒げたのにキッと睨み付けられたと思ったらまさかの気をつけの姿勢の指示につい2人して背筋を伸ばしてしまった。


 本当にどうしてこんなことになってるんだ?ライラ嬢に目を向けると困ったようにアメリアを見つめていた。


「さあライラ様、私はまだ答えを聞いておりません。貴方は夜、誰と話すのですか」

「…私は基本ローウェルの土地の仕事をしております。話すことなどございません」

「兄も仕事へ行き、帰るだけではございませんか」

「アルバート様のお仕事はいつ命懸けの仕事になるか分からないのですよ、家に帰り一日の疲れをとって頂きたいです」

「果たしてその疲れは取れますかな」


 しまった口を挟むつもりはなかったのについ挟んでしまった。ああ、わざとじゃないんだ…頼むからそんな怖い顔しないでくれ


 本当、たまにアメリアは騎士の心を重んじる家系の人間なんだなと思い知らされる。

 彼女が騎士団にいなくて良かった。そっと右手を上げ発言許可を頂く。


「…失礼。アメリア、発言許可を」

「‥‥許可します」

「ミラー男爵令嬢は騎士の右手を塞ぐ女だ。騎士の重きを分からない女が騎士のアルバートを癒せるのか」


 度々みるミラー男爵令嬢は可愛い顔をしているだけで騎士の心得も学ばず、ただただもてはやされたいだけなのだろうなと思える。

 が、アルバートにはそうでもないんだろう。なぜそうも大事にするのか分からないが。


「どうなのです。お兄様」

「…彼女は騎士ではない俺を癒してくれる存在だ。誰に何を言われても手放すつもりはない。俺は彼女を…」

「もういいでしょう、アメリア様」


 決して語彙を強めたわけではなかったが酷く部屋に響いた。


「わたくしはこんなにも思いあっている恋人達を引き剥がした女です。本来ならば恨まれて当然の所を朝の食事を共にし、見送ることを許されました。それは奇跡のような事なのです。私はわがままですよ、このドレスを見てわかるでしょう?」


 この国の古い伝統である婚姻の夜会での深紅のドレス。今ではなかなか見ないが、ライラ嬢はこのドレスの本当の意味を知っているだろうか。


「こんな色、滑稽でしょう」


 ああ、きっと彼女は意味を知らないんだろう。誰か教えてやれる人はいるんだろうか。

 その深紅の意味を。


 微かに身体が震え顔を俯かせたと思ったら凛とした表情で顔を上げ、美しく微笑んだ。横顔しか見れないのが惜しいなと思えるくらいに完璧な微笑みだった。

 彼女は確かに侯爵令嬢だとこの時強く感じ、ふと思う。本当にこのご令嬢があの悪名高いご令嬢だろうか。


 俺は大きな思い違いをしているんじゃないか?


 その後興奮したせいか、アメリアは意識を手放し、倒れかけた所をライラ嬢に受け止められた。


 その光景に考えていたことが頭からぶっ飛んだ。

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