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バルコニーでの密会

 

「ああ、ダンスが始まってしまいましたね。二人共途中からでも参加していらしてはどうですか?」


 オリヴィエ殿下が苦笑まじりに促す。

 本日の主役達に踊らないという選択肢は与えられていない。どこかで1曲は踊らなければならないし、早くからの途中退席もあまり頂けない。


「ライラ、折角ですから3曲目から踊りませんか?どこかに腰を落ちつけよう。いつもよりヒールが高い分辛いように見えるよ」

「え?ええ確かにそれは助かりますが…」


 靴が緩むのを気づかれていたのはお恥ずかしい限りですが、1曲目どころか2曲目も飛ばさないかという誘いにのってもいいのかしら‥‥ダンスフロアでミラー男爵令嬢がアルバート様と踊りたがっているようで遠くからチラチラとこちらを見ているのが分かる。

 ふわふわの桃色の髪を揺らす令嬢は淡い新緑のような…まるでアルバート様の瞳のような色のドレスを見にまとい見知らぬ男性と踊っている。


 2曲目もこんな感じではお相手の男性が不憫ね…こちらに目線をやるなら壁の花の(おどらない)方が良かったのではないのかしら‥‥


 大切な人と踊りたい気持ちは痛いほど分かるけれど他の男性を見つめるのは踊っているパートナーを蔑ろにする行為なのであまりマナー的にはよろしくない。

 恋人が他の女性といるのだもの、気になってしまうのは分かるけれど…ね


 本当は壁際に椅子もあるのだけれど足元を弄るような行為は美しくない。化粧室に行くぐらいは許されるので其方へと思っていたけれど考え事をしている間にあれよあれよとエスコートされるがままバルコニーに出てしまい片隅のベンチに座らされてしまった。ダンスも踊る前からバルコニーに出てしまうのはあまり喜ばれることではないのだけれど…


 けれどまあ、いいかしら。

 心配気に顔を覗くアルバート様は素敵ですし、普段は薄暗いバルコニーは人気が高くなんだかんだ人の気配が多いけれどまだまだ夜会も序盤のこの時間に人気は全くと言っていいほどない。これは中々体験できない事だと思いますし少し密会をしている気分です。


 あと前々から思っていたのですがアルバート様は面倒見が良すぎだと思います。





「あの、手早くわたくしとダンスを1曲踊っていただければミラー男爵令嬢とも踊れますよ?」

「ああそうですね、でも途中からよりも1曲丸々踊りませんか?それとも俺と踊るのは嫌ですか?」

「その聞き方はずるいと思います。そんなの1曲丸々踊りたいに決まっているではありませんか」

「はい。俺も踊りたいのでまずはこの靴をどうにかしましょう」


 そのまましゃがみ込んだアルバートの膝に足を乗せさせてしまう。一度靴を脱がされ傷になっていないか確かめると履かせ直しベロアのリボンを結び直してくれる。


「アルバート様はエスコートもお上手ですね」

「…実は妹のエスコートを良くしていたので…うちは兄弟が多いでしょう?男兄弟が妹のエスコートをよくしていたんですが恋人が居ないのをいいことに俺はよく人身御供にされてたんです…ああ、やっぱり紐が緩かったんですね」

「…ええ、靴は既製品のようだったので…ベロアの紐は調整が難しくて」

「なるほど、これでどうですか?」


 試しに足を揺らしてみる。脱げそうな感じないのでもう片方もしてもらうことにしました。なるほど役得…


「ライラ?」

「…あら、アルバート様は靴を履かせたり脱がせたりが流れるようにお上手ですね」

「…褒められることではないので内緒にしていて欲しいのですが」

「はい?」


 すとん、と隣りに腰掛けこっそり耳打ちされる。


「実はドレスの着付けもできます」

「…はい?」

「うちは年頃の兄妹が多いので支度に時間がかかるのですが侍女があまりいなくて。男兄弟は自分の着替えは自分でしますし妹たちのドレスの着付けを手伝うことがよくありました」

「まあ、それは素晴らしいですね」

「へ?」

「わたくしドレスを着させられることはあっても着せてあげることは出来ませんもの。ドレスって着るのが大変でしょう?うちはいつもプルメリアが手伝ってくださるのですけれど、忙しそうですし」

「侍女はひとりなのですか?」

「そうですわね、手伝っていただくこともありますが基本的にはプルメリア1人です。あの屋敷は前の主がわたくしの叔父…男性の方だったので圧倒的に女性が少なくて…入れ替えも考えましたがわたくしの侍女を入れて屋敷のことをわかる人間を減らすよりは屋敷を切り盛りしてくださる方を優先しましょう、とプルメリアと話し合いました」

「そうでしたか」

「今回のドレスもプルメリアが1人で着付けてメイクしてセットしてくださったのですよ」


 そろそろ曲も終わるかしらとフロアに目を向けるとアルバート様に似た御髪の可愛らしい女性がこちらの様子を伺っていた。


「…あら?」

「ん?…アイリス?」

「アイリス様というと…アルバート様の妹君の?」

「ええ、五つ下の長女で貴族院を出てすぐ恋仲だった王宮騎士の男の嫁に行ったので顔を見るのは久しぶりですね…」

「その割には難しいお顔をしていらっしゃるようですが」


 妹君を見かけた顔の割に眉をひそめているのはなぜかしら。ラッセル家の家族中はとても良好だとうちの者から報告を受けているのだけれど…勿論アルバート様には御内密で


「…妹が嫁に行ったのは伯爵家の次男でして…夫の方は王宮騎士をしている男で普段はこういう場の見回りだったり護衛の任についています。伯爵と長男が出席している事もあって夜会には基本顔を出しません。妹もあまりこういう煌びやかな所は好かないようであまり積極的にうごかないんです」

「まあ…ではアルバート様のことが心配でご出席なされたのでは?呼んで差し上げてはいかがです?」

「まだ一度もダンスを踊っては居ませんから話すとしてもその後ですね」

「あら、でしたらさっさと済ませてしまいましょう。はやく妹君を安心させてあげたほうがいいわ」


 ミラー男爵令嬢とも踊りたいでしょうし妹君ともお話するのであれば時間はいくらあっても足りない。さっと立ち上がり足の具合を確かめると少々緩かった靴はしっかりついてきた。これならきちんと踊れる筈だ。


 未だにベンチに座っているアルバート様に手を差し伸べ笑って見せると困ったように眉を下げてしまわれた。ちょっと失礼だったかしら?


「さあ参りましょう?」

「それでは立場が逆ではありませんか」

「あら、私常々アルバート様をエスコートできたらと考えておりましたのよ?」

「その考えは胸の深くにしまっていてくれないか、切実に」

「そうですわね、完璧に敬語が抜けたら考えます」

「…善処する」


 気を抜くと敬語がでるアルバート様の先はまだまだ長いと思うのでエスコートは次の機会にしようと思いました。






「アイリス」

「お兄様…」


 冬の寒さに耐える枝のような淡い茶色はアルバート様と同じ御髪の色で波打つ様にゆるく弧を描きながら腰の辺りまでたっぷり揺れていた。深い緑色のドレスは金の縁取りをされていて、落ち着いた色でまとまっている。

 気弱そうな表情を浮かべた妹君はアルバート様からわたくしに目を移すと慌てて礼をした。


「アメリア、妻のライラだ」

「お初にお目にかかります、アメリア・トーマスと申します。この度はご結婚おめでとうございます」

「ありがとう存じます。わたくし、ライラ・ウォーカーと申します。ライラとお呼びくださいませ」

「光栄です、私のこともどうぞアメリアとお呼びください」


 仲のいいもの同士や身内でないと基本的に上の爵位の人間への名前呼びは許されない。先ほどのトーポ伯爵令嬢は勝手にこちらのことを名前呼びしていたが、本来はマナー違反だ。


 双子のダリアとデイジーは少々フライング気味ではあるが家族枠だが既にお嫁にいっているアメリアは既にラッセル家とは既に他人枠なので、許可を出さないと名前で呼んでもらえない。


 正直わたくしから言い出すのでこれはほぼ命令に近いのだけれど…出来ればアメリア様には名前で呼んでいただきたいのです。


「俺たちダンスはこれからなんだ。話はあとでいいか?」

「はい、勿論ですわお兄様」

「よろしければ部屋を取らせましょうか。兄妹水入らずは久しぶりなのでしょう?積もるお話もあるのではなくて?」


 どうかしら、と顔を傾けるとアルバート様が頷いた。


「お言葉に甘えようか、アメリア」

「はい、是非。ありがとうございますライラ様」


 背筋の伸びたアメリア様はピシッと頭を下げ顔を上げると先程より青白い顔色をしている事に気づいた。


「‥‥すぐ用意したほうがいいかしら。なんだか顔色が悪いわ」

「…少し具合がよくなくて…夫も一緒なのですが滅多に顔を出さないものですからご友人達につかまってしまって」


 楽しそうなところに水を刺すのも悪いと悩んでいたところに兄がバルコニーに出るところを見つけたらしい。心配もあって覗いていたそうだ。


「ごめんなさいデバガメの様な真似をして」

「そんなことはないわ、もっとはやく気づいてあげられればよかったですね‥‥そこの貴方」


 壁側に控えていたメイドに空いている小部屋に案内するのと夫のトーマス様に連絡をしてもらい後から伺うことを告げる。

 メイドは笑顔で了承しアメリア様を小部屋に連れて行った。


「大丈夫かしら…」

「少し横になれれば大丈夫でしょう。旦那も状態が分かればすぐ向かうだろうし…あそこは昔から仲がいいんですよ」

「ラッセル家は恋愛結婚が多いのですね」

「騎士の出が多いからでしょうか、一途な血の様で貴族院からの相手が多いです」


 丁度新しく曲が流れ始めたのでダンスフロアに入る。3曲目というのもあってゆっくりな曲調の曲なので会話を楽しむ余裕もある。


「すごいことだと思いますわ。射止めた後もずっと続くかどうかは一途なだけじゃどうにもならないことですもの」

「それは俺も思う。あ、でも俺の二番目の兄は一途な恋や愛は無理だと放蕩してますけどね」

「あらまあ、今はこの国にはいらっしゃらないと聞きましたが…今はどちらに?」

「今は確か隣りの国だったかな。水の都って呼ばれてる」

「まあ、とても美しいと有名な国でしたね。確かお魚料理が有名だとか」

「ああ、魚が生で食べられるんだったね」


 生のお魚!海に面していないこの国ではお魚は焼いたり蒸したりするけれど本でしか読んだことのない生のお魚を一度は食べてみたいものだとわたくしは常々考えております。


「水の都はうちの領地からも近いことから父が外交でよくいくのですが…流石に鮮度が保てなくて生のお魚は食べたことがないのです」

「ライラは魚が好きなのかい?」

「そうですね、苦手なものは基本ないのですが、お魚は好きな部類です」

「目がキラキラしてるよ」

「まあ、お恥ずかしいですわ」


 やっぱり目が口程に物を言っている様でとても恥ずかしい。

 羞恥に頬を赤らめていると曲が終わってしまった。


「アルバート様はいかがなさいますか?」

「妹のところへ向かいたいと思っています。ライラは?」

「出来ればご一緒したいですがアメリア様は緊張なさるのではないのかしらと思って悩んでいます。水入らずの邪魔をしてしまうでしょう?」


 具合も悪そうでしたし私が行くとおちおち横になってもいられなくなる。起き上がらないといけなくなるからだ。

 こういう時身分と言うのは面倒くさいと常々思う。


「でもライラ一人というのは心配なんだが」

「あら、何が心配ですの?」


 エスコートされながら壁際によりドリンクをもらう。色のついていないシャンパンだ。


「さっきみたいに絡まれたら全てを自分が仕込んだみたいな言い方をするだろう?」

「アルバート様を頂くのです、有名税みたいなものでしょう?」

「ライラ」

「アルバート様!」


 アルバート様が眉を釣り上げたところで鈴の様な甘い声が後ろから響いた。振り向くよりはやくアルバートの右腕に細い腕が巻きつく。目を丸くしていると桃色のふわふわした御髪を揺らしたミラー男爵令嬢が顔を覗かせたのだ。


「!メアリー」

「もう、アルバート様探しましたのよ?」

「手を離してくれないか、妻の目の前だ」


 普段より厳しい声でアルバート様がとがめると、ミラー男爵令嬢はきょとんとした目をしたあと、慌てて手を離した。


「ごめんなさい、いつもの癖で…」


 小さく震え目を潤ませ上目遣いでアルバート様をみつめる。強く出るつもりはないのか、仕方なさそうにアルバート様はそれ以上は何も言わなかった。


 どうしましょう、わたくしから挨拶をするのはマナー違反だし、かといって色々注意するのもバカらしいな、と思うくらいには正直彼女に近づきたくない。

 わたくしだって嫉妬はするし悪い噂をわざわざ大きくしたいわけではないのだ。


 そうでなくとも既にミラー男爵令嬢とアルバート様の悲恋はそこかしこでささやかれている。貴族の略奪愛や望まない結婚はよくあるが噂が立たないわけじゃない。

 小鳥は成鳥になり、多くの人の口から口へ飛び回るのだ。土地持ちの侯爵令嬢の噂は格好の餌でもある。


 勿論それを利用しない手はないのでこのままラッセル領を不憫に思った伯爵やうちに(ウォーカー家)にライバル意識を抱いてる侯爵あたりがラッセルに支援してくれないかな、くらいには利用する気満々ではあるが。


「…ではアルバート様、わたくしは足が痛いので個室へ参ります。お時間になったら迎えに来てくださいませ」


 にっこり笑い側にいるメイドに声をかけアメリア様のいる個室へ案内してもらう事にした。

 覚悟はしていたがこうも目の前にすると心が痛む。アルバート様が来るまでは申し訳ないけれど避難させてもらおう。


 ひとり個室にいると、きっと顔のメイクが落ちてしまうから。


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