6話 対狂描族 ~各々の心境~
よろしくお願いします。
「うらああああぁぁぁっっ!!!」
颯真めがけて、第一陣を猛烈な勢いで詰め寄ってくるガウラ。その手にはガウラの身長より遙かに長い刀身を持つ大剣が握られている。それに何人かが続く。それに対して約半数は後ろの方で待機している。様子見なのか、或いは補助や遠距離攻撃役の後衛なのか……
そんなことを考えつつ、颯真は眼前十メートルを切る距離まで迫っているガウラを見やる。見た目はよぼよぼのお爺さんだと言うのに、そんな大きな大剣を振り回す力が一体どこにあるのか不思議で仕方がない。前日の村長からは別人を疑うほどの程の殺気が漂っているのだ。
「殺し合いの途中に考え事とは余裕だな?」
「まあな」
颯真の思考に気づいたガウラは皮肉りながら全力でその大剣を水平に振るう。
それを颯真は最小限の後退で躱す。予想以上に難なく躱された事にガウラは顔をしかめつつ、第二撃として、一撃の勢いそのままに一回転し、今度は垂直方向にその刃を襲わせる。相変わらず最小限の動きで躱す颯真。その後も第三撃、四撃と続くガウラの猛攻。しかしその悉くを颯真は躱し続ける。
ガウラの後に続いた者達も攻撃に加わろうとしていたのだが、ガウラが攻撃の合間に片手を挙げたことにより、他の狂描族達の足は止まった。
「お前達の手など必要ない」と。周りの狂描族はそんなガウラの意図を悟った。事実、彼らの目には反撃の一つも出来ずに追い詰められている、憎き人類種の姿しか映っていなかった。最早ガウラの敗北など誰一人として考えてはいない。
勝ちを確信している狂描族達は颯真に侮蔑、嘲笑といった様々な視線を送る。中には歓喜の表情をしている者もいた。
しかしそんな者達とは対照的な心境の者がいた。ガウラだ。努めてそういった表情は出してはいないが、その心境は氷点下ともいえるほどに冷たいものだった。その原因は言わずもがなであろう。
正直ガウラ自身、最初は目の前の少年の事を舐めていた。己の大剣から逃れる事はまず間違いなく出来ないだろう。万一逃れたとしても、他の狂描族と囲めば労せずやれるだろうと。強いて言えば、あの少女は魔法を扱うようで障害となるかも知れないが、村一の実力者であるフゥが相手にしている以上、なんてことはあるまい。
だがその考えが間違いであると悟るに、それほど時間を要しなかった。目の前の子供ともいえる少年が余裕の表情で己の攻撃を悉く躱すのだ。もっともただ躱されるだけならば、周りの者達と囲んでしまえば良かった。だがそうしなかった……いや、出来なかったのにはしっかりとした理由があった。
目の前の少年から一切の闘気が感じられなかったのだ。本来、戦うという行為の途中にはたとえ僅かであったとしても、絶対に出てしまうもの。それが闘気だ。そしてそれは躱す時だって例外ではない。ガウラとて武術を極めるとは言わないまでも、それなりにその道を登ってきていると自負している。老いたにしろそんな自分が初歩の初歩とも言える闘気の探知をし損ねるなど考えられない。
にもかかわらず感じ取れない理由。それは至って単純明快だ。
本能的に敵として認識されていない。以上である。
例えば、只の魚相手に本気で戦おうとする人間がいたとすれば、それはイタい人以外の何物でもない。
自分の命が魚相手に脅かされることなどあり得ない。そしてそれは本能的に分かることだ。
最も、世の中には闘気を自在に操る達人の域に達している者も存在している。
しかし、こんな幼い少年がそんな技能を取得しているとは思えない。万一取得していたとしても、それはむしろこの少年が危険な存在であることの裏付けとしかならないのだ。
だからこそ、この少年は危険だとガウラは考えた。故に周りの者達に参戦しないよう促したのだった。
闘気が感じれないと言え、この少年が己を打ち負かす程の実力者かどうかは別問題ではある。しかしそれは希望的観測に過ぎない。十中八九実力者だろう。
とはいえ、幸か不幸か相手が攻撃を加えてくる気配は一切ない。相手の攻撃を見てからどうするか考えるべきと。そう結論づけ、ガウラはいつ来るか分からない攻撃に気を配りつつ、己の全力の剣舞をたたき込み続けた。
そんなガウラの心境には誰一人として気づけていなかった。しかし、そんな複雑な心境を持っているのはガウラ一人ではなかった。
(俺何でこんな動きが出来るんだよっ!!??)
戦闘経験一回。ついでにあっちの経験ゼロ。黒霧颯真十七歳は軽いパニック状態だった……
■ ■ ■
……俺は本当にどうしたんだろうか…?
さっきまでの冷静な俺は、もはや見る影もなく消え去っていた。そもそもどうして先程まであれほど冷静にいれたのかもよく分からない。
まぁ、百歩譲ってそこは置いておこう。それ以上の問題があるのだから。
……そう。この現状だ。
確かに少し前も俺自身負ける気は一切しなかった。そこも疑問符が浮かぶところだが、今はまぁ良い。
だが、いざ実際に戦いが始まってから我に返ると、難なく大剣を躱す自分自身に対して訳が分からなくなってしまった。
こんなことを考えている今も身体はきっちりとガウラの猛攻に対応できている。昨日今日で明らかに俺の身体は変化している。それもなにやら平和ではない方向に。
俺は思案を続ける。最早、今までのものさしで物事を推し量らない方が良さそうだ。
今朝見た魔法だってその一つなのだから。
俺は構わず大剣を降り続けるガウラを見やりつつどうすべきか考える。こいつらの力になってやりたいとは思う。だが、これほどまでの殺意を向けてくるのだ。俺は良くとも、こいつらが俺の協力を受けるとはとうてい思えない。そんなことを思い、俺は難しい顔をしていたらしい。ガウラは果てしなく力業な剣舞を続けながら怪訝そうに話しかけてきた。
「何を考えている……?どうして攻撃してこない……??俺など殺す価値もないか…………???」
その表情はどこか一抹の不安を抱えたようなものだった。その不安がなんなのかは俺には分からないが。
「俺は……っ!?」
「戦う気はない」と。その言葉を続けることは出来なかった。
予想外の事態。すなわち、目の前を猛スピードで横切っていた何かに全員の気が集中するというこの現状故に。
「ば……バケモノです……オニです鬼畜です…………っ!」
皆の視線の先には、なにやら涙目で服もボロボロになり、女の子として見えてはいけない部分が見えそうになってしまっている、色々危ないフゥの姿があった。それもなにやらぶつぶつと言っているらしい。
「……びゅーんっ!」
そんな聞き慣れた声と共にあり得ないスピードで飛んでくる少女。無論生稀。手を後ろに向け、そこから発生する突風を利用し飛行しているらしかった。
フゥから二十メートルほどの位置に豪快に着陸する生稀。そのまま静かにフゥの方へと歩いて行く。
それに気づいたフゥは座り込んだまま後ずさっていく。
それはさながら、追い詰められた兎と捕食せんとする蛇のような構図だった。フゥに対してどこかいたたまれない気持ちになった俺は生稀に声を掛ける。
「えーっと……生稀さん??」
「……?」
俺の声に気づく生稀。しかしすぐに返事はせず、何を思ったのか周囲に一瞥をくれる。そして次に俺に対し小首をかしげながら発せられる言葉は意外にも、
「あにぃって……実はあまいの??」
……というとてつもなく失礼な言葉だった。