5話 闇
「ま、魔法!?」
おーけー。一旦落ち着こう。
…………うん。落ち着けるわけないな。
当然だろう。朝起きたらフゥに首元をかっ切られ、あげく目にしたのは生稀の魔法少女化である。
「お……お、お…………」
対してフゥはなんとも面白い顔で「お」を連呼している。文字通り開いた口が塞がらないらしい。
……スマホがあれば写真に残してやったのにな……惜しい。
……等というどうでも良い思考は捨て置き、生稀に問う。
「え-っと…?魔法ってのはどういう??」
「ん。昨日フゥに、やり方、教わった」
「いや……そうじゃなくてさ……」
こいつ駄目だわ。何気に意思疎通が出来てない。
まさか魔法が実在するなんて思わなかったのだが……妹が扱えるとは……
異世界出身の生稀が使えるのなら俺にも使えるのだろうか?もしそうなんだったら結構燃えるな!
軽い廚二病を患った経験がある俺としては使ってみたいところだ。
「うん。あにぃにも、使えると思うよ……?」
「……まじで!?」
自分でおかしいくらいに声が裏返ってしまった。
だって仕方ないじゃん!?これでも男子なんだから魔法とかは興味があるんだよ!!
……というか、別に生稀に俺にも使えるかどうか直接聞いたわけでもないのだが。
……そんなに顔に出てただろうか??
「でも、教えるのは、後。先に、フゥに聞くことがあるはず。」
「……あ」
……フゥに殺されかけたの完全に忘れてたわ。
なんだろう……マイペースな生稀にすべきことを言われるとやけに悔しくなる。正しいから仕方ないが。
「あ、ありえません…魔法が使えるなんて…………」
我に返ったらしいフゥは先程の双剣を握りしめ、俺たち二人に対峙する。
うーむ。完全にやる気満々だな。俺としては盗賊の時みたいなことは御免なのだが。
確かにこの世界に来て、人を殺すことに躊躇いはなくなってしまったがそれとこれとは話が別だ。
生稀の情操教育上もあまり良い影響はないだろうし。
「ん。生稀がお仕置きしてあげる」
ニヤリとする生稀。何この娘怖い……
生稀までもがやる気になってしまっているらしい。
「だから、外の狂描族はあにぃに任せる。殺しちゃ駄目だよ……?」
「は?なんのこ……」
そう……言い終わる前に背後から衝撃音が聞こえてくる。
俺はその方向に目を向ける。その先に居たのは思い思いの得物を手にした男達だった。
どうやら先程の音は扉を壊した音だったらしい。
男達の中には当然の如く前日の門番や村長の姿もあった。
その目には、前日とは似ても似つかぬほどの殺意が込められていたが。
「えっと……」
俺は言葉を詰まらせる。相手はどう見ても「俺たち戦いに来ました!」と言う格好だが、此方にはその気は一切ないのだ。いや、此方というと語弊があるか。少なくとも俺は戦う気はない。
「あにぃ。戦うにしても流石に外に出て欲しい」
「えっとな生稀?一応言うと、戦いたくないし、そもそもどうやってこの状況で外に出るんだ?」
そも、扉付近を押さえられているのにどうやって出ろというのか。無茶を言わないで欲しい。
「……分かった。じゃあ外に出してあげる。………びゅーんっ!」
生稀はなにやらよく分からない擬音を口にし、両手を開きバンザイの姿勢をとる。
刹那。付近の身体から圧倒的な風量の突風が吹き付けた。
俺…………
いや、俺たちは立つのもままならず本日二度目の魔法で外へと吹き飛ばされ……
更に吹き飛ばされ続け、村の端の方まで追いやられてしまったのだった。
ちなみにあのときの生稀の楽しそうな顔を俺は忘れないだろう。
■ ■ ■
「あの……馬鹿………」
そんな愚痴をこぼしながら俺は起き上がる。
「いってててて……」
「ったく何なんだよぉ……」
「魔法使いがいるなんて聞いてねぇぞ……!」
共に飛ばされた男達もそれぞれ文句を言いながら起き上がる。誰一人としてあの距離を飛ばされる間に武器を手放さなかったらしく、皆が皆、しっかりと武器を握っていた。
「まぁ、良いだろう。自分から分かれてくれたんだ。俺たちにとっては好都合」
ガウラはそう言い、俺に向けて構えをとる。
このまま対多勢戦になってはたまらない。というか、どうして俺はこんなに冷静で居れるのだろうか?
……今更過ぎる疑問が頭に浮かぶもその思考を放棄し、ガウラに声を掛ける。
「あ、あの?あなた方はどうして私たちを??」
「善人ぶってんじゃねぇ!てめぇら人類種は俺たちの事を家畜や性欲の捌け口としか見てねぇだろうが!!てめぇらが敬語なんざ吐き気がするぜ!!」
男達の内の一人が叫ぶ。それに連なるように一人、また一人と叫び出す。
そこからは誹謗中傷の嵐だった。この世界の情勢は一切知らないが、どうにも人間は良く思われてないらしい。だが、話を聞いていると人間の方が力はある感じか。大方異種族を不当に差別してるってところだろう。
「お前らのせいで……どれだけこの村の娘達が……男達が……!!住人が………!!!」
……何故だろう。聞いていると罪悪感に襲われてくるようだ。俺達兄妹はこの世界の人間ではないのだから、自分を責める必要はない。それは正しい。だが同時に間違ってもいるのだろう。感情の面で言えば、そのような悲痛な声を聞いて、何も感じなければ……それは人として間違っている。
正直、何か力になれることがあるのであれば、手を貸したい。無関係の理由で殺されかけたにも関わらずこんなことを思ってしまうのはお人好しなのだろうか……?いや、お人好しでも良いか。自分自身で悪人のレッテルを貼るよりも遙かにましだ。
とはいえ、手を貸すにしても俺はこの世界について知らなさすぎる。入り口を覗いただけでこの悲痛。
かなり闇は深いのだろう。しかも現状もかなり厄介なものだ。男達……ーー見たところ二十人弱と言ったところだろうか?ーーは殺気を漂わせながら臨戦態勢。流石にこのまま言葉だけでどうこう解決できると考えるほど、俺は馬鹿じゃない。少々戦う必要はあるだろう。
普通に人数などを考えれば、盗賊の時よりも状況は悪い。
……のだが。何故か負けるとは思えない。いや、直感的に分かるのだ。
「おい人類種。今生の最期だ。何か言い残すことはあるか?」
ガウラはその大きな大剣を構え、俺へと向かう。それに応じて構える男達。
「あぁ。色々あるけどな。とりあえず先に相手してやる」
俺はあえて挑戦的に応える。こいつらの目的は分からない。ただ敵の同族を殺したいだけなのか……
はたまた俺を生きて捕らえて……或いは死体を何かに利用しようというのか。
まぁ、俺がすることは変わらない。話を聞くにもこいつらの戦意があるうちはどうしようもなかろう。
こいつらを一旦落ち着かせなくては。
勿論殺してはいけない。悪人ならばいざ知らず、聞いた限りこいつらに非は無さそうだ。であるならば、極力傷つけるのも避けたい。
いや、これは欲張りすぎか……
そんなことを考えながら、俺は闘気・殺気・憎悪など様々な感情をさらけ出している被害者達に相対するのだった。