2話 異種族
「残り三人…」
目の前に倒れ込んだ盗賊には目もくれず残りの盗賊達へと振り返る。
「ヒッ…」
「お、おい待て!?俺たちはもうお前達には関わらねぇ!ここからはさっさと消えるからよ!!見逃してくれよ??な!な!?頼むからよ!!??」
「~~~っっ!!~~!?」
恐怖からその場にへたり込む者、どうにかこの場を逃れようと懇願してくる者。果てには必死で馬の綱を握りこの場を離れようとしている者。素人目に見ても綱の扱いがまるで出来ておらず、馬も全く従っては居なかったが。
「はっは…ははは…」
俺から零れたのは嗜虐的な笑み。自分自身の傷も酷く未だに血は止まっていない。そんな状態なのにも関わらず、何故か面白くて仕方が無かった。先程までとまるで違う様子で醜い盗賊達がだ。
「な…なぁ?」
俺の異様な雰囲気に何かを感じた盗賊の一人が恐る恐る声を振り絞っていた。
俺はその声の主の元へと一足で飛び寄り…
そのまま胸を貫いた。
「ゴフッ…」
盛大に噴出する血潮。例のごとく返り血を浴びた俺は残りの二人も同様に殺した。
僅かながら舗装されている道は、さながらこの一帯のみが隔絶された地獄だった。
「は…はは……」
俺はその場に座り込む。瞬間襲ってきたのは恐怖心・倦怠感・虚無感。
そして驚愕。
先ほどまで襲いかかっていた胸の激痛は何故か消えさり、傷口も塞がれていた。
相変わらず俺の服装は自分の血や返り血で酷い有様だったが。
だがそれよりも。人を殺してしまったその事実になんとも言えない心境になっていた。相手は盗賊。確かにあのままなら、どうなっていたかは分からないが、他に何かやりようは無かったのだろうか?…そんな如何ともしがたい後悔が俺の中で積もっていた。
そもそもとして、どうして俺があのとき普通に殺せてしまえたのかも謎でしか無い。何故かあのときの俺は人を殺すことに何の躊躇も無かった。そればかりか、どこか楽しいと感じてしまっている自分がいたのである。
それだけでは無い。あのときの異常な身体能力、胸を貫かれても死ななかったという事実。そしてその傷の回復。はっきり言って意味不明である。
「あにぃ?」
座り込んでいる俺の元へひょこひょこと近寄ってくる生稀。我が妹ながらどこか小動物感があってかわいらしく思ってしまったのはアウトだろうか?いや…いやいや……セーフだろう。俺は決してシスコンなんかじゃない!!そういう愛じゃない訳だし…うん!何も問題は無い!!
…と思う。
いや…これ以上掘り下げない方が良いな。
「あにぃ。盗賊相手にするくらいで時間掛けすぎ。それに怪我してるし。あと、いくらなんでも傷ついて覚醒なんてイタい設定、さすがに寒いと思うよ?」
とは、生稀の台詞である。なんかよく分からない駄目出しを受けてしまった。
前言撤回、こいつやっぱり可愛くねぇわ。そもそも俺がこんなになってんの、こいつが盗賊を煽ったからだしな。
「あにぃ?とりあえずここから離れよ??誰か来たら面倒くさい。」
「ちょっとは俺の体調にも気を遣ってくれよ…」
「あにぃならこれくらいで死ぬわけ無いから大丈夫。」
理由になっていないと思うが…まぁそんなことはどうでも良い。確かにここからさっさと離れた方が良いってのは同感だった。
「行くよ?あにぃ。」
「はいはい…」
俺は喉から出そうな文句と数々の疑問をどうにか押さえ込み生稀の後を追いかけた。
■ ■ ■
それから俺たちはひたすら歩いた。この先に町か村があることを望んで。
もし無ければ野宿確定である。それだけはどうしても嫌だった。日本人に野宿とか勘弁してくれって話である。その一心から歩いて歩いて、歩き続けた。
その甲斐があってか…辺りの日が陰り掛けた頃俺たちの前に一つの村が姿を現した。
俺と生稀は顔を見あせた。言葉こそ発さなかったがお互いの表情はとても晴れやかだった。
その理由は言わずもがな、野宿せずに済みそうこの一点のみだ。
俺たちはその村へと進む。近づいてみると申し訳程度に設置された門の前に一人が立っていた。だがそれは人では無かった。体格や顔から男だとは分かるが、その頭には猫耳。そして可愛らしい尻尾が顔を出していた。
「あにぃ!!獣人!!!猫人族!!…っかな!!??」
「お、おう。気持ちは分からんがいったん落ち着け…な。その人?…も困ってるだろ??」
俺の目に見えんスピードで移動した生稀は目の前の尻尾に頬をすりすりしていた。一応男であることに変わりは無いわけで、どこか複雑な心境になってしまったのは秘密だ。
「い、いえ…私は大丈夫ですので……」
とは男獣人の言葉である。そうは言ってるが表情はなんとも言えない物になっていた。それを見かねた俺は強引に生稀を引きはがす。
「あ…あぁ……ふわふわが……」
そんな事を悲しそうに呟く生稀は捨て置き、俺は獣人へと声を掛ける。
「すいません。この辺りで道に迷ってしまって。良ければ俺と妹の二人、此処に泊めてもらえたりしませんか?」
「そ、そうですか。分かりました。村の中へご案内します。」
そう言ってそのまま村の中へと進む男獣人。
え?いいの??と言うのが俺の本音である。自分で言うのも何だが、こんな血まみれの怪しい人間をすんなり入れてくれるとは思っていなかったのだが。
まぁ入れてくれるというのならばいい。厚意に甘えておこう。
「♪~~♪♪~」
ご機嫌な生稀は鼻歌交じりに後をついて行く。俺もそれを追いかけた。
村の中に入ると俺たちは一番立派な建物に案内された。途中横目に見た家は、正直かなりみすぼらしい物だった。それなりに貧しい村なのだろうか?あ、やばい。よく考えたらお金が一切無いんだった。そもそもこの世界の通貨すら知らないわけだが。とにかく早めに言わないとまずいな。立派なところに泊めてもらって、いざお金を払おうとして無かったら大問題だ。
「あ、すいません。その…俺たちお金を持ってないんですが…」
「め、滅相も無い!お金など不要でございます!」
マジで?どういうことなのだろうか??そんな疑問を込めて生稀を見つめるが、生稀から期待した視線は返って来ない。「猫人♪獣人♪」などと訳の分からないことを呟いているばかりだ。こいつはもう駄目だな。
「それではこの建物でしばらくお寛ぎください。もうしばらくしたら村長が顔を見せに参りますので。」
「ちょ、ちょっと待ってください!?村長から来てもらわなくても俺たちから伺いますよ?」
仮にも泊めてもらう立場の人間が村長を呼びつけるとか何様だという話だろう。小さな村だが、この土地一番の権力者な訳だし。
「そ、そんなわけにはいきません!!どうかこの場でお寛ぎください!!!」
それだけ言い残してそそくさと男獣人は出て行ってしまった。
俺たちは仕方なくそこで寛ぐ。ふかふかとはいかないが一応のベッドとソファーがあった。
俺たちはソファーに腰掛ける。
「あにぃ。あの人怯えてた。生稀が尻尾に抱きついてる時も、あにぃが声を掛けたときも。ちょっとだけ震えてた。」
「はい?」
突然の生稀の言葉に俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
しばらく思案して俺は応える。
「そりゃあ、こんだけ血まみれなら怯えるのは普通じゃね?」
「ぅん…?そういうのじゃ無いと思うんだけど…」
「うーん…」
どうなのだろうか。だが生稀がそうというのならそうなのかも知れない。悔しいことだが、生稀は何故かそういった【人の感情】にとても鋭いのだ。そんな力があるのに性格がこれのせいで、ずかずかと相手の懐へと入っていってしまうのだ。それのせいでいじめの対象だったのは、今になっては関係のないことだが。
そんな会話をしている間に-コンコン-とドアがたたかれた。俺と生稀は立ち上がり扉を開ける。
その先にはやっぱり猫耳と尻尾の獣人が2人立っていた。
一人は老人の男性。丸めの猫耳に細い尻尾。おそらくは村長だろう。
そしてもう一人、短めでふわふわの尻尾に、小さな猫耳は薄茶色と金色の中間。その瞳は勿忘草色で、年の頃は生稀と同じくらいだろうか?そんな小柄な少女だった。
正直かなり可愛いと思ってしまった。これってまずいのだろうか…?何かいけない扉を開きそうな勢いだ。
「あにぃ…?」
そんな兄の心境に気づいているのは、生稀只一人だった。
1話分が短いせいで、なかなかプロローグの冒頭に帰着できそうにありません……
おっかしいなぁ~??(他人事)