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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

裏切られた勇者は復讐の果てに罪の在り処を知る

作者: 榎本レン

震えるパラドックスを君に。

人が地上を支配し、三千年。


今、ここ霊長界は危機に瀕していた。

別世界へ繋がるゲートが開いたのだ。

魔獣、魔人といった未知の魔族との出遭い。

それは戦いの歴史の始まり。


人は魔法や武に優れた者の選別を始めた。

彼らは勇者を生み出そうとしたのだ。

時間がかかり、多くの血が流れたが、遂に人は魔族を打倒する勇者を見出した。



そうして、勇者である僕らは暗黒魔界へ踏み出した。

魔王ベルファードを倒すために。


だが。


「どうして裏切った! ゼファード」

「滑稽だなぁ アラン。 そのボロボロの姿、剣の勇者の名が泣くぞ」



魔獣を従えながら、くつくつと笑う闇の勇者ゼファード。


「お前は昔っから鈍かったよなぁ」


ゼファードが片手を振る。


「な……」


――ゼファードの姿が変わった。

闇の衣装を纏い、顔は血の気のない青白い肌。

頭部には禍々しい2本の黒い角。


「お前、魔人だったのか……?」


「気づくのがおせぇんだよ バーカ まったくお前ら人間の馬鹿みたいな友情とやらに付き合うのは大変だったぜ」


「……だったんだぞ」


「あ?」


「カレンはお前のことが好きだったんだぞ……! なのに、お前はカレンも、他の仲間も、殺した……!」


「ああカレンか。あいつに付きまとわれるのは心底不愉快だったよ。 お前、カレンの事好きなんだろ。 あんな説教臭いクソアマのどこがいいんだか」


怒りが頂点に達する。 ボロボロの身体から魔力をかき集める。


「ゼファードッ!」


神速と呼ばれた剣。 僕が剣の勇者に選ばれた理由だ。


この剣はゼファードを守ろうとする魔獣よりも早く、ゼファードの魔法詠唱よりも早く剣はゼファードの身体を切り裂いていた。


「があぁ……! このクソ人間風情がまだ魔力を残していやがったか!」


だが、そこまでだ。この一振りですべての魔力を使い果たしてしまった。

「《侵食》!」


「ぐああああああッ」


ゼファードの闇魔法になす術なく囚われる。


「10年一緒に過ごした仲だ すぐに逝かせてやろうかと思ったが、ヤメだ。お前は苦しんで死ね」


頭の中に響く怨嗟の声。それは今まで死んだ人間達、そして仲間の声だ。

死んだモノの死の追体験。それは僕の心を怒りと憎悪で狂わせるには充分だった。


「殺してやる…… お前を、必ず……ッ!」

「はん、できるもんならなッ!」


ゼファードは好んでよく使用している短剣を取り出した。

僕を痛ぶるつもりだ。だが。


突如、僕の身体は光に包まれた。


「くっこれは……!」


ゼファードが呻いて後退する。

「光魔法……しかも光魔法の秘奥。逆行魔法……この魔法はカレンの」


「カレンの奴、生きていたのかッ」


「生きて、アラン……」


僕の後ろにカレンが立っていた。


「だけど、この魔法は」


光魔法の秘奥。だが、その代償は使用者の死。他者にしか使えない他力本願の魔法。


「ちぃ……人間の切り札、魂が時を越える逆行魔法。だから最初にカレンの奴を殺した筈だったんだが……」



カレンはもう既に崩れ落ちていた。


「闇の魔法で打ち消してやる!」


だが、もう遅い。僕を包んだ光はゼファードごと飲み込み、僕の意識は途切れた。



★△★△★




仲間が次々と死んでいく。血の匂い。怨嗟の声。


恐怖の張り付いた顔。それをみて……。


「アラン、アラン」


声がする。


「アラン、起きなさい」

「……カレンおはよう」



「皆もう準備しているのよ」



「ああ……俺もすぐに行く」


「? アラン、口調変えた?」


俺は、ベットから身体を起こす。

「このほうが気合いが入る 心も強い自分になりたくてな」

「確かにそのほうが似合ってるわね」


そう、ゼファードに復讐する為に甘い俺は捨てた。

仲間の死を追体験し、決めたのだ。次があれば必ず奴を殺すと。


「それとカレン、ありがとう」

俺は、カレンに頭を下げる。


「? なに、急に改まって」


「色々な」


「変なアラン」




その後、カレンと話していて気づいた。どうやら今日は暗黒魔界に向かう一日前らしい。



もう時間がない。だが、今日の午後パーティの皆はそれぞれフリーになるはずだ。

暗黒魔界、生きて帰ってこれるかはわからない。

だから、思い残すことがないように午前の決起集会を済ませた後は、各自自由に過ごすことになっているのだ。


時間はないが、ゼファードを殺るチャンスは充分にある。






午後になり、パーティは解散した。


ゼファードの奴が決起集会で人類の未来を魔族から守ろう、なんて言い出したときは怒りで掴みかかりそうになった。


まあ他のパーティメンバーに止められるだろうし、ゼファードが不審を抱いて俺が時を遡ったことに気づかれるのは避けたかったので我慢した。




「で、こんなところに呼び出して何の用だ。俺も自由時間にやりたいことがあったんだが」


ゼファードは今、俺と共にいる。


取り壊された魔法学院の跡地だ。

俺やカレンそして、ゼファードはここで学問を学んだ。


「懐かしいよなぁ ここでお前やカレンと一緒に学んで遊んで競いあった」

「……? ああ」

「あのときは、俺の神速の剣とお前の拘束の闇魔法で無敵コンビって呼ばれてたっけな」


「アラン……? 口調が」


「ああ、気にしないでくれ」


俺はゼファードの肩に手を回す。


「楽しかったよなぁ……それをお前は……!」


俺は肩に回した腕でゼファードの視界を遮り、瞬時にもう片方の手に持っていた短剣を奴の左足に突き刺す。


「がああああああっ テメェ、何を?!」


俺はニヤリと笑い。


「……これで足は潰した 楽に殺さない 死んだ仲間達の苦しみを一つ一つ味あわせてやる」


左足の短剣を引き抜き、よろめいたゼファードの右足に突き刺す。


「ぐ……お前、まさか……むぐぅ」

「誰が勝手に喋っていいといった?」


開いた口にもう1本の短剣を死なない程度に差し込み、突き刺す。

これで詠唱も封じた。


「魔法の詠唱できなければ、ただの道化だなぁ 魔族さんよぉ?」


「がふ、テメッ……」


ゼファードは口から血を撒き散らす。



そうして、ありとあらゆる責め苦をゼファードに味あわせた。


火の魔法で手足の指を少しずつ炙って焦がし、魔族に効き目がある光の浄化魔法を浴びせ続けた。


まあ、俺は魔法は専門外だから弱い初級の魔法しかできないんだが、奴を苦しめるにはちょうどいい。


ゼファードの人間への擬態が解けた後は頭の二本の角をへし折り、一本ずつ両耳に突き刺した。


奴が失神したときは、短剣を何本か追加して腹に突き刺して無理やり起こした。

魔族は丈夫だ。 この程度じゃ死なない。


そのうち涙を流して殺してくれと言わんばかりの瞳を俺に向けてきた。


殺さない。


もっと苦しめるのだ。



だが、俺は次第に楽しくなっていった。

調子に乗ってそのうち、短剣が何本、身体に刺さるか試したくなってしまった。


短剣は質量を無視して収納できるバックに大量に入っているから問題ないが、それがいけなかった。


俺は歯止めが効かなくなってしまった。


結果ゼファードは65535本の短剣を刺した後にあっけなく死んだ。



「なんだ、もう死んだのか……」


正直、拍子抜けだがこれで。


「ふふふ、仇は取ったぞ…… ざまあみろ クソ魔族が!」


これで、後腐れなく暗黒魔界へいける。



……視界が歪む。


「あれ……おかしいな」


『ご苦労様……』


頭の中に声が響く。


「誰だ!」


『誰って? 僕はアランだよ』


「何を言っているんだ、アランは俺だ」


俺はそう叫んだ。


だが、なぜか俺は関係のない今朝にみた夢を思い出していた。


あのとき、仲間が次々と死んでいくのをみて、俺はどうしていたのか。


――笑っていた。……なぜ?



背筋が寒くなる。


『それはお前がゼファードだからだよ』



――思い出した。あのとき俺は、カレンの逆行魔法に巻き込まれた。

そして、逆行する中、アランの意識と俺の意識は混ざり合った……。


視界が霞んで消えていく。 意識が薄れていく。

自分殺し。未来から逆行し、自らを殺した者は。




「嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、消えたくない」


『さようなら、ゼファード』


「こんなクソ人間風情にぃいいいいいいい!」



▲☆▲☆▲



僕はゼファードの意識が完全に霧散した後、立ち上がって転がっているゼファードの死体を見下ろした。


ゼファードの奴、やっぱ根っからの残忍な魔族だったんだ。

いくらなんでも短剣65535本って刺しすぎだし。

魔族だって誰だって死ぬって。

ちょっと笑ってしまう。




――だけど、その残忍な死を見過ごしたのも僕だ。



ざまあみろと思ったのも、偽りの仲間でもその死をまるでショーか何かのようにゼファードの意識と一緒になって楽しんでいたのも僕だ。


「勇者が聞いて呆れるな……」


僕は勇者の器じゃないのかもしれない。


そう考えていると、後方の茂みから音が聞こえた。


僕は茂みのほうへ振り返った。



「あれは、カレン?!」


茂みから走り去っていくカレンの姿がそこにはあった。



▲☆▲☆▲




「カレン、用って……何」


宿に戻った僕は、カレンの部屋に呼び出された。


「……片付いてなくてごめんなさい」


枕は切り裂かれ、中の綿がベッドに散乱している。

テーブルには切り傷が無数に付いていた。



「心配しないで、明日の出発までには魔法で直しておくから」



あの後、ゼファードの死体はあそこに埋めた。

あのままにしておくわけにもいかないし。


「まあそこに座って……」

切り傷が付いた椅子をカレンは指し示す。


「飲み物を用意するから」


「うん……」


カレンはゼファードのことが好きだった。

どこまでみていたかはわからないが、傍からみたら僕が殺したようにしかみえないだろう。

相当ショックを受けた筈だ。部屋の様子からもそれはみて取れる。



「どうぞ」


僕はテーブルに置かれたコーヒーをみつめた。そして、すぐにわかった。


――呪詛。


コーヒーに呪詛がかけられている。


恐らく、熟練された戦士なら誰だってわかる。


魔法の専門外な僕でも感じ取れるほどだ。

隠す気がない。口には出さないが、それは僕に対する明確な殺意だった。


僕はそのコーヒーの入ったコップを持ち上げ、口元へ……。


運ぼうとしたときにカレンに腕を掴まれた。


コップが僕の手から離れ、床に落ちる。

呪詛のかけられた液体は零れて広がり、床を焼いていく。


「なんで、何も言い訳しないのよ なんで、黙って死のうとするのよ……」


カレンの目から涙が流れ落ちる。


例え偽りの仲間であっても、僕は誰かの想い人が死ぬのを見過ごし、その死を楽しんだ。



復讐を終えて、理解した。

僕は勇者などではなく罪深い残忍な魔族と変わらない。ただの魔人なのだと。


だから、彼女が僕の死を望むなら、僕は。


「説明もなく、死なれても納得できるわけないじゃない! あそこでゼファードの青白い身体、黒い角をみたわ……ねえ、お願い説明して」



「わかった……」


僕はカレンに全てを話した。

ゼファードに裏切られた事、カレンに逆行魔法で助けられた事、ゼファード自身にゼファードを殺させた事。


全てを聞いた後、カレンは暫くの沈黙ののちに、口を開いた。


「正直、今も貴方が憎い。 私は貴方の受けた裏切りを経験していないし、 ゼファードとの日々は今も大切している。だからこそ、誰にも相談なく彼を死なせた貴方が憎い」


「……」


「でも、私は貴方を殺さない 貴方は憎いけれど、外道じゃないそれに私は光の勇者だから」


そうか。


カレンは最初から僕を殺す気などなかったのだ。

隠す気のない殺意。あれは僕を試したのだ。

恐らく、口を開かないだろうと踏んだ彼女が僕に何があったかを説明させる為に。



「それとね…… 過程はどうあれ、今の私達を助けてくれてありがとう」


僕は目を見開いた。 ああ、彼女こそ真の勇者。


彼女の姿がいつにも増して美しくみえる。


裏切りで死んでしまった僕の、他者を信じる心。

だから、誰にも頼らず、ゼファードにゼファードを殺させた。


「カレンも逆行魔法、ありがとう」

「そういえば、朝にもお礼を言われたわね」

「あれはゼファードだから」

「嘘?!…… はぁ、違和感をそのままにせず、拘束すればよかったわ 拳で」


カレンはそう言って指を鳴らす。カレンは武術にも精通している。

純粋な体術なら勇者の中でも誰も勝てない。……ちょっと怖い。




――悪逆を為すのは人も魔族も変わらない。でも、彼女は、人は、こんなにも美しい。




▲☆▲☆▲




魔族との戦いは人間側の勝利に終わった。


僕とカレンや他の皆も必死に戦った。



カレンは魔王にトドメを刺し、倒した功績を称えられ、銅像が建てられていた。


カレンは銅像の胸が小さいって怒っていたけれど、勇者の姿に偽りがあってはいけないと技師は頑なだった。


人は美しい、だが、現実は非情(貧乳)である。



僕はというと――



「本当にいいの?」


「ああ」


町の憲兵に全てを告白した。

王都でゼファード殺しについて取り調べを受けなければならない。


「私は、貴方を庇わないけれど、あの場所でみた事について真実を話すと誓うわ まあ、ゼファードは魔族だし、罪に問われないかもしれないけどね」

「けど、心象は悪い」

「そうね 剣の勇者の立場である貴方が魔族とはいえ、拷問し、惨殺したって噂になるわ」


「罪には問われなくても君の心や僕の中に確かに僕の罪は存在している だからいいんだ」


僕は憲兵の馬車に乗り込む。


「アラン!」

不意にカレンが叫ぶ。

「?」


「また、会いましょうーー!」

彼女は僕に手を振る。


「ああ、またね カレン!」



僕は久方ぶりに笑って彼女に手を振りかえした。



裏切られた勇者は復讐の果てに罪の在り処を知る 完。

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