第01話 Wing of Steel
「今日は遅くなったな」薄暗い部屋でひとり呟き、俺はパソコンの電源を付け、VRヘッドセットを装着した。大空を飛び交う戦闘機の映像とともに、見慣れたタイトルが現れる。
「wing of steel 」
WSの通称で親しまれるVR対応オンラインフライトシューティングゲームである。サービス開始から5年以上たっているが未だに100万のユーザーを誇り、収録される航空機は戦闘機から爆撃機、攻撃用ヘリコプターまで多岐にわたっている。世界中のプレイヤーと協力して様々なミッションをこなして、機体を購入、カスタマイズしていく。
ゲームの世界観はこの手の作品でよくある多国籍の傭兵航空部隊による代理戦争ってことになっている。もっともゲーム内キャッシュをイベントミッションで稼ぐのに忙しくて、ストーリーなんて誰も覚えていないだろう。
「今日はログイン遅かったなレイヴン」いつもチームを組むフレンドがボイスチャットで話しかけて来る。
「すまん、うちの会社はブラックだからな。急いでもこの時間になっちまう」
「それならいっそ仕事やめてバイトしてゲーム実況でもしろよ。お前の腕ならそこそこいけるぜ」
「ああ、それもいいかもな。考えとく」
適当に返事をしつつ機体を選択しミッションを開始する。「レイヴン」これがゲーム内での俺のTACネームだ。
今回のミッションは敵爆撃機の撃墜、そのためにF15cイーグルを選択する。登場してから30年以上たつもいまだに米の主力を担う戦闘機だ。基地から離陸し戦闘エリアへと向かう。
「レイヴン、エンゲージ」
もう何回も聞いた音声だ。敵機の輝点がレーダーの中央に現れる。Tu-95爆撃機が4機に護衛のMiG-29戦闘機が6機。こちらはイーグルが4機、僚機とタイミングを合わせ爆撃機の編隊の背後から強襲をかける。
護衛していたMiG-29戦闘機もこちらに気づき反転して上昇してくる。敵機を機銃の照準線の中心にとらえる。アドレナリンが放出され心拍の上昇を感じながら、操縦桿型のコントローラのトリガーをひいた。
数分後、ミッションコンプリート ランクS の表示がでる。今回の戦績は撃墜数は爆撃機2に戦闘機3、上々だ。
しかし何回かミッションをこなした後だった、いつものように離陸した直後に脳天を割るような痛みとともに視界が白くかすんだ。激しい頭痛のあまり意識が遠のく。
「やばい……これは死んだかもな……」
直感的にそう感じた。終電帰りの日々にもかかわらず、徹夜でゲームという破綻した生活のツケがついに来たのかもしれない。おそらく脳か心臓の血管が限界を迎えたのだろう。社畜ゲーマーらしい最後だった。もっと有意義な時を過ごすべきだったのかもな。世界が静寂に包まれ目を瞑った。……
Nunc est bibendum, nunc pede libero pulsanda tellus.___何かが語りかけてきた気がした。
数秒後、暗闇から引き戻されるような感覚と共に意識が蘇る。相変わらずヘッドセットからはジェットエンジンの轟音が響いている。目の前には元の青空が広がりイーグルは自動操縦で飛んでいた。まだ天に召されたわけではなかったらしい。さすがに今度医者に行こう、と思いつつゲーム内のレーダーに目をやる。
「おいおいマジかよっ!」何が起きているのか……自分の目を疑った。
作戦領域を示すグリッドが消え未知のフィールド名が表示されている。
<エリア エルシオン>
「エルシオン?」聞いたことのないフィールド名に困惑していると、正面にアンノウンと表示されたマークが数個現れる。これはバグなのか、新フィールドの試験実装なのか。
まったくもって理解できないがこのままアンノウンに接敵するのは危険だ。ミサイルの射程外から様子を見ることにしよう。
レーダー上から推測するにアンノウンの動きは異様に遅かった。おそらく時速200km/hにも満たないのではないか。そしてどうやら3機が1機を執拗に追い回しているようだった。敵機の挙動をみるに遠距離用の兵装がないようなので目視できる距離まで接近する。近づいてみると、これまでゲーム内では遭遇したことのない状況が広がっていた。
「でかいな、こりゃ飛行船か?」
爆撃機の十数倍はある巨大な鋼鉄の飛行船が飛んでいる。その様はまるで戦艦が宙に浮いてるようだった。
よく見ると複数の黒い飛行船が周りを取り囲んで銀色の飛行船に向け火柱をぶつけている。ミサイルとは明らか異なる青い炎の火柱は銀色の飛行船のすぐ横を掠める。大きく旋回して回避しているもののすでに船体の一部が焼け落ち内部構造が露出していた。必死に反撃をしているが上部に搭載された砲塔は焼け焦げ黒煙をあげている。もはや虫の息だ。
「まるでなぶり殺しじゃないか……」
まったくもって意味の分からない状況だったが、このままでは銀色はあと数分と耐えられない、そんなことを考えているとヘッドセットにかすかな声が入った。
Nunc est bibendum, nunc pede libero pulsanda tellus.はローマ時代の詩人ホラティウスの詩で「今は飲むときだ、今は気ままに踊るときだ。どうせいつか死ぬのだから」と言う意味です。つまり人は必ず死ぬのだから後悔しないように今を楽しめ、という事ですね。




