第96話「あのピアノの中には・・・」光の低い声
「どうして?」
晃子は、祥子に尋ねるけれど祥子は、唇に人差し指を当てる。
「全ては後で・・・」
タクシーは、既に走り出している。
「取りあえず、晃子さんはコンサートの日まで、ホテルに泊まってもらいます」
「もう、あそこには戻れないでしょうから」
校長が小声でささやいた。
「え?」
晃子は、それこそ、腰が抜けるほど驚いた。
「どうして、それを?」
あの部屋にいたのは、晃子自身と、光、そして後から来た会長の三人だけ。
校長が知る理由はありえない。
「晃子さん」
光が晃子の手を握った。
「・・・はい・・・」
晃子は少し緊張した。
顔も赤くなった。
「あのシャンデリアに監視カメラありました」
光が晃子の顔を見た。
「・・・う・・・」
晃子は返すことが出来なかった。
晃子とて、会長に言われるまで知らなかったことだ。
しかし、何故そのことを光が知っているのか・・・
「ピアノに映っていました」
「監視カメラの光が」
「それもあって、練習を止めたんです」
光が真面目な顔になる。
晃子は背筋が寒くなった。
光が手を握っていなければ倒れそうになっている。
「私はね、音楽部の華奈ちゃんと春奈先生から、今日の話を聞いてね」
祥子が晃子の顔を見た。
「あなたのことだから、アブナイと思って」
「七時半に校長とマンションの前に来たら、光君がちょうど出て来たの」
「その時間も春奈先生に言われたんだけど・・・」
「そしたら、いつになく光君が真面目な顔で・・・」
「監視カメラのことを言ったの」
祥子も真面目な顔になっている。
「とにかく、あの会長は危険、女好きのうえに独占欲、嫉妬が異常に強い」
「顔に傷を作られた演奏家も数知れず・・・」
「消えていった演奏家もあるし・・・それも所在不明という意味」
「私も、監視カメラまではいかないけれど、それ寸前のことがあった」
「それだからあの会社辞めたの」
いつもは気丈で鳴らす祥子の声が震えている。
「それと・・・あのピアノの中には・・・」
光の声が低くなった。
「え?まだ何か?」
晃子は光の言葉が理解できない。
少なくとも調律は完璧と思った。
会長は嫉妬深く危険だが、そういう嘘は言わない。
「ところで、校長先生」
光は晃子への言葉を続けず、突然、校長に声をかけた。
「うん、何か・・・」校長
「このタクシーの運転手さん、刑事さんですか?」
光は突然、びっくりするようなことを言い出している。




