第94話会長から全てを見られていた晃子
会長は首をかしげ声を低くする。
「調律は先週したばかりだ」
「お前が演奏旅行中にな」
そして、会長は不機嫌な顔になった。
「え?」
これには晃子も驚いた。
ピアノの調律が、行われていたことではない。
晃子が不在時に、晃子の部屋に別人が入っていたことに驚いた。
いかに大企業お抱えのイメージ演奏家としても、心外となる。
「何だ・・・何か不満があるのか」
会長は、少し機嫌が悪くなった晃子を見ている。
そそて、せせら笑っている。
「・・・はい・・・いない時に・・・」
晃子の顔が曇る。
「ああ、そんなことか・・・」
「それはお前の悪い癖のためだ」
「惚れ癖が高じて、誰か男と問題を起こされても困る」
「わが社のイメージに傷がつく」
「お前は気がつかないだろうがな」
会長は突然、シャンデリアを指さした。
晃子も怪訝な顔でシャンデリアを見た。
「あそこに、二十四時間監視カメラがある」
「あのカメラだけではない、全ての部屋に監視カメラをつけて。お前の動きは録画してある」
「それにドアの開閉から何から、全て管理データがあるぞ」
「それも、この俺の携帯で全て見ることが出来る」
会長は、携帯を取り出し、再びせせら笑う。
晃子の表情がますます悪くなった。
「ありえない・・・」
「失礼にも程がある」
「今までの着替えから何から、全て見られていたの・・・」
晃子は、この部屋を飛び出したくなった。
我慢ができない性質である。
「まあ、高校生のガキだろう」
「今回は大目に見る」
「次は・・・」
会長の目が厳しくなった途端、
晃子はヴァイオリンと鞄、スーツケースを抱えた。
そして、あっけにとられている会長を後目に、マンションの部屋を飛び出した。
「ありえない・・・ずっと見られていたなんて・・・」
マンションの廊下を走りながら晃子の目に涙が溢れて来た。
せせら笑う会長の顔をこれ以上見たくなかった。
たとえ、自分のスポンサーと言っても、やっていいことと悪いことがある。
「単なるお人形?」
「汚れたらポイ?」
「私の演奏なんてどうでもいいの?」
晃子は後ろを振り返らなかった。
もう、あのマンションだけには戻りたくなかった。
真っ青な顔で追いかけてくるマネージャーは振り切った。
「とにかく、ここを出なきゃ」
晃子の心をそれだけが占める。
既に涙はボロボロ、いつものリンと済ました美人ヴァイオリニストの艶姿など何もない。




