第92話光の不思議な動き
「あれ?」
まず、光は晃子を全く見ていない。
普通に楽譜を見て弾いているだけ。
「まあ、いいや、後でじっくり」
晃子は、またアブナイ考えを思い出す。
「多少、歳の差はあるけれど、それはそれで魅力があるはず」
「この年頃の男の子だ、面白そう」
晃子は、そう思って時々チラチラと光を見る。
しかし、光は晃子と全く目を合わせようとしない。
それどころか、時々首をかしげたりする。
その動きが晃子に気になった。
「ねえ、光君、どうかしたの?」
「首をかしげているけれど」
晃子は、一楽章が終わった時点で聞いてみた。
「あ・・・はい・・・」
光は相変わらず首をかしげている。
「うん、どこか変なの?」
「私のヴァイオリン?」
まさかそんなはずはないと思うが、一応聞いてみる。
「いや、ヴァイオリンは完璧です」
光は首を横に振った。
「じゃあ、何?」
晃子はまったく理由がわからない。
「うーん・・・」
光は、いきなり立ち上がった。
ピアノのあちこちを触っている。
「え?ピアノがどうかしたの?」
何と言ってもスタインウェイである。
価格も数千万はする。
まさかピアノが原因とは考えられない。
「あの・・・」
光はおずおずと、話し出す。
「少し、以前に調律してから時間が経っているような・・・」
「あ・・・そうかも・・・」
晃子も、まさか、光がそこに気が付くとは考えていなかった。
確かに調律などは、何も把握していない。
しかし晃子自身がピアノを弾くことは、ほとんど無い。
コンサートでいないことも多いし、いない間は部屋の温度管理もなされていない。
「うん、ありがとう」
晃子は光の耳の良さにも、感心した。
「さっそく調律してもらう」
晃子は、笑顔になった。
「あの・・・調律も必要なので練習はここまでに・・・」
光は、ピョコンと頭を下げた。
時計の針は、午後七時半を指している。
「うん、ありがとう、少しお話ししましょう」
ここで晃子は、満面の笑みとなった。
やっと待望の時間が来たのである。
「あ・・・でも、誰かが来たようで・・・」
しかし、光は、首を横に振る。
「え?」
晃子は意味がわからない。




