第89話不穏の予感
「うーん・・・ぼーっとしている」
「すごく可愛いけど、わけわからない時ある」
楓は思いつくままを言うけれど、たいしたことを言っていない。
「それに晃子って人が光君を狙ったとしてさ」
圭子は、少しだけ真顔になった。
「うん・・・」楓
「光君がその気になるとは、思えないの」
「光君の女性の趣味って、このタイプじゃないよ」
圭子は、落ち着き払っている。
「そうなの?」
楓は光の顔を見るけれど、光はポカンとしているだけ。
「まあ、行ったところで・・・」
圭子は光の顔を見た。
「おそらく三十分ぐらいで出てくる」
「危険を察知した時の逃げ足だけは本当に速い」
「だから、とりあえず行かせてみましょう」
圭子は、言い切ってしまった。
コンサートを三日後に控えた音楽部の練習は、すこぶる順調に終了した。
練習後の打ち合わせも終わり、光と晃子は揃って音楽室を出ていく。
「うーん・・・危ないなあ」
華奈が二人の背中を見ている。
「楓ちゃんも、どうしてもっと強く引き止めないんだろう」
「叔母さんが、そう言ったって、危ないことは危ないんだから」
華奈は、心配と口惜しさに、しかめっ面である。
「まあまあ・・・大丈夫だと思うよ」
春奈が華奈の隣に立った。
華奈のあまりの「しかめっ面」に、笑いをこらえきれない。
「そうかなあ・・・最初見た時から、晃子って人おかしい」
「男にとりつく魔女だと思います」
華奈の顔が紅潮した。
「あらあら・・・つまり・・・」
春奈は、ますます笑っている。
「もう、どうして笑うんですか?」
「それにつまりって何ですか?」
華奈の可愛い顔は、怒っても可愛い。
「華奈ちゃんのヤキモチ顔、もう可愛いなあ」
春奈は、ますます笑い転げる。
華奈としては、本当は、内緒で後を追い、「二人きりの練習」から光を引きずり出す計画だった。
しかし、隣に春奈が立っていることで、「後を追う一歩」が出せなかった。
そして、何もできないまま、二階の窓から、晃子と光が黒い車に乗って校門を出ていくところを見ていた。
「でも・・・あれ?・・・」
突然、二人の乗った車を見ていた、春奈が真顔になった。
「うーん・・・」
今度は春奈がうなっている。
「春奈さん、どうしたんですか?」
華奈が不安な顔になる。
さっきまでの、いつも落ち着きはらった春奈の表情と、かなり変化している。




