第88話楓とは大違い、圭子の大笑い
結局光は、「断る理由」を思いつかなかった。
ついにコンサート三日前の朝になってしまった。
今日は晃子が音楽部の練習に来る。
「うーん・・・」
いつもいい加減な光も、さすがに考え込む。
「自治会の会合って言っちゃえばよかった」
「長引いて決まらなくて、今日も延長って言おうかな」
光は自治会をネタに様々な「理由」を考え始めた。
しかし、コンサート三日前にソリストの機嫌を損ねるのは、あまり得策ではない。
「ただ、ちょっとだけ練習するぐらいなら、いいかなあ」
「三十分ぐらいで、帰ってくればそんなに疲れないし」
「断る理由を考えるほうが面倒だ」
とうとう、光は晃子と「個人的」に練習をすると決めてしまった。
途端に、悩みが何もない、光特有のぼんやりとした顔に戻っている。
「ねえ、晃子さんから連絡があったの?」
朝ごはんを食べている光に、楓が聞いて来た。
「うん、メールが来たよ、今日の夜だって」
光は、そっけなく答えてしまう。
「え?」
「どうして言わないの?」
楓の表情がきつくなる。
「そう言われても・・・」
確かに「そう言われても」だと思う。
光は、メールが来たことを報告する義務も無く、そもそも、さっきまで「断る理由」を考えていた程度である。
「まあまあ、どうしたの?」
見かねた圭子叔母さんが聞いて来た。
「うん、お母さん、聞いて!」
「光君ね、コンサートの練習とは別に、ソリストの女の人と個人練習するんだって」
「しかも今日の夜」
楓は、ほとんど怒っている。
しかし、光には、そもそも怒る理由がわからない。
「へえ・・・熱心だねえ・・・」
圭子は、楓のあまりの怒りに笑い出した。
光はいつもの通り、ポカンとしている。
「で、ソリストって?」
圭子が言うと、楓はコンサートのチラシを渡した。
圭子は、目を細めてソリストの晃子の写真を見る。
「うん、綺麗な人ねえ・・・」
「色っぽい」
「楓なんかと大違いだ」
「光君、光栄だねえ、こんな綺麗な人と個人レッスン出来るなんて」
「認められたんだよ、よかったじゃない」
圭子の反応は、楓と華奈の心配とは全く逆になった。
そのうえ、楓より色っぽいと言い、光栄とまで言っている。
「ちょっと、お母さん、危ないって」
「この晃子さんって人、恋多き人って噂もあるの」
「もし、光君誘惑されたら、どうするの」
楓も必死になった。
何とかして、行かせないように頼み込んでいる。
「あのね、大丈夫だって」
圭子大笑いになっている。
「そもそも、光君の性格わかっている?」
圭子は笑いをこらえきれないうようだ。




