第81話晃子vs華奈
「え?祥子さん、歳の差なんて気にするの、おかしいですよ」
晃子はそう言って光から目を離そうとしない。
「でもさ・・・恋愛って相手があるし、相手にも選ぶ権利あるし・・・」
祥子は必死に晃子をなだめる。
「そんなこと言っているから祥子さん、話がまとまらないんですよ」
「私だったら、奪い取るもの、あの光君は十分すぎるくらい価値あるし」
「うーん・・・いいなあ・・・可愛くて仕方がない・・・」
晃子は既に「惚れ顔」になってしまった。
祥子は後悔した。
なだめればなだめるほど、晃子の恋が盛り上がる癖を思い出したのである。
「こうなると、コンサートまで余分な神経使うなあ・・・」
「コンサート終わっても続くかも・・・」
祥子は光と、光を「惚れ顔」で見つめる晃子を交互に見る。
晃子にとって長く待ち続けた「練習時間の終わり」となった。
惚れ顔に加えて、ウィンクまで準備して指揮台を降りてくる光を待つ。
「光君、素晴らしかった・・・」
自分の前に来た瞬間に手を握る予定である。
少し手に汗をかいていたので、念入りに拭いたりもする。
光が、降りて来た。
楽譜を重そうに抱えている。
今にも落としそうである。
「よし、これはチャンスだ」
晃子は、にっこりと笑って手助けをしようと思った。
光が来るのを待つのではない、自分が行こうと思った。
「そこで何とか・・・」
晃子が歩き出した瞬間である。
華奈がヴァイオリンを抱えて、駆け下りて来た。
「落としちゃだめ、全く!」
そして光の楽譜と光の腕を抱えてしまった。
「それじゃあ、今日は帰ります」
そして華奈は光を引きずるように音楽室から出て行ってしまう。
「うーん・・・」
悔しそうな顔で晃子は腕を組む。
「ふふん、してやられたね」
祥子は晃子の顔を見た。
「そんなことないですよ、明日から毎日来ようかな」
晃子の顔は真顔である。
華奈の光の腕を組む力がいつもに増して強い。
表情もキツクなっている。
他人から見ると怒っているように見える。
「どうしたの?」
ぼんやりとしている光でさえ、少し気になって声をかける。
「どうしたって?特にありません」
華奈は表情を変えない。厳しいままである。
しかし、確かに特に何もない。
今日はコンサートでソリストをつとめる晃子と練習をしただけ。
練習自体は、思う以上に順調に進んだし、人間関係など音楽以外の問題はない。
晃子の光を見つめる目が、多少は「雰囲気」があるものの、それに光が反応を起こしたわけではない。
その意味で、練習が終わった途端、引きずるように、いや話をしたそうな晃子から奪うように音楽室から光を出した華奈のほうが、より「異常」である。




