第80話晃子の悪い癖
「へえ・・・」
「晃子の、あんなに素直な弾き方見たことない」
「いつもは、技術自慢で、超絶技巧を見せつけるの大好き女だったのに・・・」
「光君に合わせているだけかな、ほんと、素直に弾いている」
「うん、あの方がモーツァルトは生きるなあ」
祥子も聞き惚れている。
「いいなあ、光君の指揮って」
演奏が進むにつれて祥子は、モーツァルトの世界に一体化した光と晃子、そして音楽部員を、羨ましく感じている。
「私も光君に指揮してもらえれば・・・」
久々にコンサートの舞台に立ちたいとまで思っている。
「うん・・・いいですね、モーツァルトも・・・」
いつの間にか、校長も聞きに来ている。
「はい、何か、うっとりです」
祥子も校長に頭を下げる。
「いや、うっとりしているのは、ここだけではなくてね」
校長が笑う。
「え?」
祥子は、校長の笑いの意味がわからない。
「ほら・・・」
校長は廊下を指さした。
「わっ・・・」
本当に夥しいほどの学生や教員が、廊下で演奏を聴いている。
晃子は自分の出演するモーツァルトの練習が終わっても音楽室に残っていた。
他の演奏会の練習なら、自分の曲が終われば、一目散に帰ってしまう。
晃子にしては、本当に珍しいことである。
隣に座る祥子も不思議そうな顔をしている。
「ほんと、珍しいね」祥子
「うん、弾いていてドキドキしちゃった、他の曲も聞きたいなあとね」晃子
「ふーん、でも今日弾き方が自然だったよ」祥子
「うん、弾いていて楽だったし、こういうの初めて」
晃子の目が潤んでいる。
「え・・・」
祥子は驚いている。
いくらなんでも、こんな高校生レベルのオーケストラである。
現在新進気鋭のプロとして売り出し中の晃子の目を潤ませるなんて、信じられない。
「確かに光君の指揮は、弾きやすいと思うよ、部員もみんなそう言っている」祥子
「うん、楽団は光君の指揮でまとまっているのは、よくわかる・・けど・・・」晃子
「けど?」
祥子は晃子の表情に不安を感じた。
「光君、いいなあ・・・惚れちゃいそう・・・」
晃子は光から顔を離そうとしない。
「あ・・・まずい・・・」
祥子は晃子の悪い癖を思い出した。
祥子が知る限り、晃子はかなり「惚れ癖が悪い」。
何かの拍子で、その対象が人であれ音楽であれ、とことんのめりこむ。
音楽なら仕事であるし、まだいいけれど、以前好きになった指導教官に電話やメールをしまくり、指導教官の家庭が崩壊寸前までいったことがある。
それにしても、光はまだ高校二年生、一六歳である。
晃子は二三歳、七つも離れている。
「うん、ちょっと歳も離れているし、残念だったね・・・」
祥子はサグリを入れてみる。
まさか、こんな年下に惚れるなんてありえないと思っているが、「念のため」の確認をする。




