第8話炎天下の中、興福寺まで歩く
光は結局炎天下の中、興福寺まで歩くことになった。
しかも春奈先生と楓の「付き添い二人」が両隣に歩いている。
狭い道、人通りもある中、「他人に迷惑だ」と思うが、とても言い出せない。
それと、珍道中を進める中、春奈先生が言っていた「どうしても見せたいもの」が気になっている。
ただ、阿修羅ではないと思った。
「阿修羅以外に何だろう・・・」
光は、ずっと考えるが、思いつかないので、聞いてみることにした。
「ところで、先生、どうしても見せたいものって、何ですか?」
「うーん、同じ場所にあるから、あとで説明する」
春奈先生は、微笑んだだけである。
ずっと考えてやっと口を開いた光の質問に答えるよりも、道の両脇のいろんな店に目が行っている。
「ねえ、楓ちゃん、本当に新しい店増えたよね」
この言葉だけで、いかに春奈先生が、光のことを何も考えていないかがわかる。
「うんうん、昔は土産物屋さん多かったけれどね、都会風のお洒落なお店増えたよ」
「そうはいっても、京都とか東京に比べられるものではないけれど」
楓も、店をあちこち見ている。
「いや、これくらいがいいよ、都内なんてゴチャゴチャしているだけで、全く風情が無いもの」
「この深い歴史がある奈良は、あまり変わって欲しくないな」
春奈先生がそんなことを言う頃には、ついに興福寺の五重塔が見えて来た。
ということは、もうすぐ炎天下の中、長い階段を登らねばならない。
「ほら、しっかり」
「落ちそうになったらお尻蹴飛ばすよ!」
必死に階段を登る光に、容赦のない言葉が存分に浴びせられる。
「ふぅー」
やっとのことで、光は階段を登り終えた。
予想通り、息がゼイゼイしている。
春奈先生と楓は、元気ハツラツ、息など何も切らしていない。
「だいたいね、高校二年の男子で、この程度の階段でふぅふぅ言っているなんて、そんなんじゃ彼女出来ない」楓
「彼女どころか、自分を支えることだって、難しいね」春奈先生。
階段を登り終えても、容赦のない言葉責めが続く。
「とても付き合いきれない」
光は、言葉責めには対応しないことにした。
観光客でごった返す興福寺五重塔や金堂の様子を見ている。
それにしても炎天下である。
だんだん、いつものように頭がクラクラしてきている。
「まあ、それでも暑いから、阿修羅さん見に行きますか」
春奈先生は、だんだんと顔が青くなってきている光を見た。
「うん、そうだね、少し涼みますか」
楓の声は天の声だと思った。
光はこれで、「多少」は楽になる。
やっと自分から歩き出したのである。