第75話野球部顧問とチャラ男吉田の哀れな結末
「いや、弱々しい奴は鍛えなければならん、吉田に話を聞いた」
「高校生男子として、光は情けない限りだ」
「この野球部が、親切にも鍛えてあげるって言うんだから、ありがたく思って当然だ」
「音楽部?そんなお囃子部で遊んでいる暇があるんだったら、グラウンド三十周ぐらいしろ!」
野球部顧問は一歩も引かない。
隣で吉田はニヤニヤと笑っている。
華奈にウィンクまでしている。
華奈は嫌そうに顔をそむけた。
祥子先生と野球部顧問のバトルを聞いていた校長が、ようやく割って入った。
「少なくとも光君は、弱々しくはないな」
校長は、厳しい目で野球部顧問を見た。
珍しく厳しい目の校長を見て、野球部顧問は一瞬たじろいだ。
「ああ、その通りですよ」
たじろいだ野球部顧問に声をかけた先生がいた。
柔道部顧問の山下である。
「そんな弱々しいどころか・・・格闘のセンスは凄いものがありますよ」
「この私が認めます、本当に凄いですよ」
「野球部顧問、何を根拠にそんなことを言うんですか?」
柔道部顧問野村は、野球部顧問を見据えた。
柔道部顧問もすごく厳しい目である。
ますます野球部顧問は、たじろいでいる。
とにかく、野球部だけのことを考えていて、光のボクシング部や柔道場での話をまともに聞いていない。
それにまさか、柔道部顧問から声をかけられるとは思っていなかった。
いかに高校野球、甲子園至上主義を信条としているとはいえ、柔道部顧問はオリンピック代表選手、自分は甲子園出場すらかなわなかった。
それ故、どうしても引いてしまうのである。
「それにね、吉田君が顧問に話したこと、おかしくない?」
「吉田君、本当のこと言ったの?」
いつの間にか、三年生の由香利が立っていた。
周囲を取り囲む学生や教員たちも首をかしげている。
「え?」
野球部顧問は吉田と由香利を見た。
「違うのか?」
「光のところに、ボールが転がってしまったので、返してもらったら、その玉が全然弱く、届かなくて何回も投げさせたんじゃないのか」
野球部顧問が吉田に問いただす。
何しろドラ声なので、本人は小声で話しているつもりが、全員に聞こえてしまう。
「ああ、その件なら私も知っています・・・というかこの学園の人はほとんど知っていますが・・・全く違います」
柔道部顧問が野球部顧問の耳元で「事実」を告げた。
あっという間に、柔道部顧問の赤ら顔がますます赤くなった。
そして握った拳が震えだした。
「危ない!」
それでなくても短気な野球部顧問である。
誰しも吉田に対する「理由を聞かない鉄拳制裁」を予感した。
そして野球部顧問の拳があがった瞬間である。
「うゎっ」
野球部顧問の悲鳴が聞こえた。
柔道部顧問に腕を極められている。
「本当に恥ずかしいわね・・・」
春奈は、後ろからずっと見ていた。
「これで、野球部も・・・」
結局、野球部は県大会に出場したものの、一回戦で敗退した。
野球部顧問が、指揮をとったものの、エースの吉田が「不品行の数々」により、大会前に退部させられたのである。
そして野球部顧問渡辺も学園に残ることは出来なかった。
学園の理事会で、監督自身の品性に欠ける言動が報告されたのである。




