第72話高校生指揮者光の誕生
ただ、これには祥子自身、頼むことをためらった。
何しろ、突然音楽室に呼んで、指揮をしてもらっただけ。
そもそもの理由は、祥子の腰が痛いための代役としてだった。
「ただ・・・光君なら出来そうな気がする」
「音楽の質が、ちょっと違う」
「みんなもイキイキしているし・・・」
「私はピアノが本職で、もともとソリストだし・・・」
つまり祥子は指揮が本職ではない。
他に、指揮をする人がいないから、振っているだけだった。
「どうかな・・・」
祥子は、少し不安を抱えて光を見た。
「うーん・・・」
光も思案している。
音楽室全員の注目が光に集まる。
「えっと・・・」
光は一旦、祥子を見てから音楽部員全員を見た。
「全員が、賛成してくれれば・・・」
少し弱々しい声であった。
しかし、全員が立ち上がって拍手となった。
高校二年生の指揮者光の誕生の時となった。
結局光は、音楽部の練習に最後まで付き合ってしまった。
何事も面倒くさがりやな光にしては珍しいこと。
コンサートの曲目は、全て一通り指揮をした。
光が心配した「アンサンブルの崩れ」や、音楽性の違いは全く生じなかった。
むしろ、モーツァルトは、その豊かな音楽性が絢爛と花開いた。
ブラームスの交響曲第二番は、伸びやかさと優しさ、明るさが際立つ演奏に変わった。
「うん・・・やはりいいな」
「みんな、弾きやすそうだし、表情が生きている」
祥子先生も感心しきりである。
「これなら安心」
祥子先生は、ブラームスの二楽章の途中で、校長を呼んだ。
「だって、聞いていて、全く違和感がない・・・というか、どんどん引き込まれていく」
校長に光の音楽を聞かせ、コンサート本番で指揮をさせることの承認を求めた。
「うん・・・いいな・・・」
校長も光の演奏に聴き入っている。
「何と言うか、音楽そのものが生きている、部員の表情もいいな」
部員全員が光の指揮棒を見つめ、一体となってブラームスの世界を歌いあげている。
「はい、光君に指揮をしてもらえれば、私はマネージメントに専念できますし」
今までは指揮者とコンサートのマネージメントを一手に引き受けて来た。
どちらにしても、本当に神経を使う。
指揮棒の通りにできない部員、チラシ、ポスター、入場料計算他様々な細かいことを要求されるマネージメント。
祥子は、毎年夏のコンサート前は、ストレスから眠れない日が続いた。
それが、光に指揮をさせることによって、ストレスの半分は無くなる。
光が指揮する音楽は、自分とそん色がない、いや、それ以上と思う。
祥子にしては珍しく頭を下げて校長に頼み込んだ。
「うん、全く問題はありません」
「高校生のオーケストラを高校生が指揮をする、何ら問題はありませんし・・・」
「それどころか・・・」校長は祥子の顔を見た。
「うん、この光君はこの道がいいのかもしれない」
「何より彼自身が楽しそうだ」
校長は光のコンサートでの指揮を認めた。
校長にとっても、この方が学園にとっても安全と考えたのである。
ボクシングや柔道の、驚くべき才能もある。
しかし、光が格闘をして、相手を倒しても、ただそれだけである。
そんなことより、光の指揮する豊かな音楽を多くの人に聴かせてみたいと考えている。




