第70話え?指揮者?
さて、そんなことを考えて、光は校門を出ようとする。
しかし、すんなりと出ることが出来なかった。
「あ、帰っちゃダメです」
光の袖を後ろから引っ張る者がいる。
「え?」
光は驚いて振り向いた。
「えへへ、練習ですよ」
華奈がニッコリと笑って立っている。
「練習って・・・えっと・・・何?」
光は、既に家に帰る気持ちでいて、練習など何も考えていない。
音楽部に入りたいとは言ったけれど、入ったわけではない。
「ダメです、もうパートも決まっていますから」
華奈はニッコリと笑い、袖を離さない。
「パート?」
光は基本的にピアノしか出来ない。
出来るとすれば、小学校の時に習ったリコーダーと、しいて言えばドラムである。
それなのに決まっているとは、どういうことなのか。
ピアノ以外の楽器初心者が合奏に加われば、アンサンブルが壊れると思うのである。
「ほら、みんな待っています」
華奈は袖を引っ張って歩き出してしまう。
「うーん・・・」
いくらなんでも、下級生の女の子に袖を引っ張られて歩くのは、恥ずかしい。
光も仕方なく音楽室に歩き出した。
「ところで、パートって何?」
光は気になって華奈に尋ねる。
「うん、絶対アンサンブルが壊れないし、音楽センスも発揮できるところ」
「何しろ、重たいものは持ちません」
華奈は、相変わらずニコニコと笑っている。
「それって・・・パーカッションなの?」光
たとえばトライアングルだけなら、重量はない。
しかし、トライアングルでは、それ程音楽センスも発揮できない。
「はい、それはハズレです」
華奈は、あっさりと否定する。
そのまま、どんどん歩いている。
結局、パートを聞かされないまま、光は音楽室の前に来てしまった。
華奈が、何の躊躇もなく、音楽室の扉を開ける。
光も、否応なく入るしかない。
「あら、連れてきてくれたの?」
音楽部顧問祥子先生が、まず華奈に声をかけた。
しかし、実態は、光が引きずられてきたのである。
光が音楽室を見渡すと、既に音楽部員全員が楽器を持ち、練習をしている。
五線譜が書かれた黒板には、演奏会まであと二週間と書いてある。
「はい、あの・・・」
取りあえず来たつもりです、と言う予定であったが、その言葉はさえぎられた。
祥子先生は光を呼び寄せた。
「うん・・・あそこに座ってくれる?」
祥子先生は光の座る場所を指示した。
「え?」
光は驚いた。
指揮者の席である。




