第7話父の実家での会話
なんとか父の実家、圭子叔母さんの家が見えて来た。
本当に元興寺の近くであり、歩いて二分かからない。
春奈先生の家は、圭子叔母さんの家の五十mほど手前だった。
それならば、圭子叔母さんも春奈先生も、知り合いで当たり前であると思った。
しかし、その考えは、少し浅かった。
よくよく考えれば、光の姓と春奈先生の姓は同じ。
ほぼ同じ地域で、同じように古い家柄、同じ姓となれば、自ずとわかる。
つまり、近い親戚なのである。
最初から、何も考えていなかったのは、光だけだった。
「はい、お世話になります」
春奈先生は、まず自分の実家に荷物を置き、すぐに出て来た。
結局、圭子叔母さんの家に、一緒に入ることになった。
「あーーー、光君!お久しぶりーー!」
圭子叔母さんの家の玄関に入ると、楓が飛び出してきた。
「光君!相変わらず弱々しいけど、あがって」
楓は懐かしいのか、嬉しそうな顔をしているが、「弱々しい」は余計である。
「春奈さんも、お久!」
「本当に光君が御迷惑をおかけしまして・・・」
楓は、頭を下げている。
光は、またしても恥ずかしいことこの上ない。
「まあまあ、とにかくこの子に、何か食べさせないと」
圭子叔母さんも笑いながら台所に入っていった。
さて、光にとっては子供の頃から慣れ親しんだ家である。
食卓の上には、これまた懐かしい奈良の郷土料理が並ぶ。
にゅうめん、田楽、ゴマ豆腐、茶飯、奈良漬けもあった。
「まあ、この子のことだから、大した量は食べないけれど」
「本当にねえ、お母さんも早く亡くなってしまって、弟もほとんど家事をしないから」
圭子叔母さんは嘆いている。
「コンビニの食事になってしまうのも、しかたないけれどね」
春奈先生も心配そうな顔をする。
「子供の頃から、ちょっと面倒だと食べないの」
楓まで同調をはじめた。
「そう言ってもさ」
光は下を向いてしまう。
特に料理を習ったわけでもないし、父親はほとんど出張気味、帰ってきても夜遅い。
今はずっと北海道に出張、ほぼ一年以上単身赴任の現実である。
それに、そもそも、自分のためだけに食材を買って調理するのは、高校生としては大変面倒なのである。
そこの事情を考えて欲しいと思うが、とても口を挟む勇気は無い。
そんな状態の中、食事が終わった。
やはり慣れ親しんだ味、美味しいけれど、この雰囲気の中では食べた気がしない。
そして、今回の奈良詣での目的に話題が移る。
「これからね、奈良公園を歩こうかと思うんだけど」春奈
「え?暑いけれど光君大丈夫?」楓
「まあ、これだけ食べれば大丈夫と思うけれど」
圭子叔母さんもそう言いながら不安げである。
「ああ、とりあえず阿修羅様を見たいなあと思って」
光は、話が堂々巡りになっても困るので、ようやく口を挟んだ。
「へえ・・・やっぱりね」
圭子叔母さんが頷く。
「やっぱりって?」
春奈先生が不思議そうな顔をする。
「うん、春奈さん、光君って子供の頃から家に来ると必ず阿修羅を見に行くの」
「そして、周りに人がいてもいなくても、ずーっと見ている」
「一時間ぐらい見ていることもあったの」楓が解説した。
そんなことまで覚えているのかと、光はびっくりする。
「そうかあ・・・それでねえ・・・」春奈
「それでって?」
圭子叔母さんが不思議そうな顔をした。
「うん、光君、新幹線の中で阿修羅見たいって言っていてね」春奈
「へえ、そうなんだ」楓
「それ聞いたら、行くしかないなあとね」
春奈は笑っている。
「うん、そうだよねえ・・・昔から好きだったもの、会いにいったら?」
圭子叔母さんも笑っている。
「そっかあ・・・じゃあ私も行く、行っていい?春奈さん」
楓まで行きたいと言い出した。
「うん、どうぞどうぞ・・・心強い」
春奈は大歓迎のようである。