第66話阿修羅の合掌のポーズ
「春奈先生・・・」
これには、光も困ってしまう。
春奈も、電話の内容をしっかりと聞き取っていた。
「わかった」
「取りあえず、行きなさい」
「私は校長に電話する」
「私もすぐに行くから」
春奈は頷いた。
光が玄関で靴を履いていると、春奈から声がかかった。
「出来るだけ、穏便に」
「わかりました、出来るだけ・・・」
その言葉で光は家を飛び出していく。
春奈は、まず校長に、連絡した。
校長も驚いた。
校長からは、自分もすぐに公園に出向くこと、今の段階では警察は呼ばない。
春奈は危ないから、近くで待機するよう指示された。
しかし春奈は、指示を聞くことが出来なかった。
居ても立ってもいられない。
校長への電話を終え、すぐに公園に向かった。
光が近所の公園に着くと、手紙の内容通り、旧ボクシング部員が十五、六名待っていた。
全員が、拳にバンテージを巻いている。中には刃物をベルトに挟んでいる部員も見える。
華奈は、後ろの木にロープで縛りつけられている。
口にはさるぐつわをされ、頬が少し腫れている、何か暴行でもされたのであろうか。
「遅いじゃねえか・・・」
「約束守れよ!」
旧ボクシング部のキャプテンが邪を含んだ目で叫ぶ。
「約束・・・と言われても」
光は、いつもの通りはんなりとした応えである。
一方的に手紙をポストに入れられただけで、約束などした覚えはない。
「華奈ちゃんも嘆いていたぞ」
「光先輩は、約束を守らないってな」
キャプテンは、卑屈な笑い声をあげる。
木に縛りつけられた華奈は、必死に首を横に振る。
「それでお礼って何ですか」
光は、段々怒りがこみあげてくるのを自覚している。
少なくとも、自分に襲い掛かるのはまだ許せる。
しかし、何の関係もない華奈を人質にして・・・おそらく華奈の頬が腫れているのもボクシング部員による暴行と、思った。
「うるせえ!」
「答えるまでも無い!」
「その、人形みたいな顔をボコボコにしたいだけだ」
ボクシング部員たちは、光の言葉などは全く聞かない。
すでに暴徒と化し、一斉に旧ボクシング部員が、光に殴りかかった。
しかし光の表情は何も変わらない。
その瞳をキラリと光らせると、一斉に殴りかかって来るボクシング部員に対し、両腕を横に真っ直ぐに伸ばした。
優雅なようで、一瞬の隙も無い動きである。
しかし、その光の動きにボクシング部の動きが一瞬止まった、いや魅入られてしまったようだ。
そして光はゆっくりと、両手を胸の前で合わせた。
まさに、阿修羅の合掌のポーズになった。
「あっ・・・」
「もしかして・・・阿修羅・・・」
華奈は全身が震えている。




