第64話吉田の落胆
「・・・あの人吉田さん?」
「恥ずかしいよね」
「由香利さんと光君が話しているだけで、嫉妬してボール投げつけてさ」
「結構速い球、でも簡単に取られてさ・・・」
「もっと速い球投げ返されて、尻もちだし・・・」
「ほんと、笑える」
「呆れちゃう」
未だ立ち上がれない吉田を横目に多くの女子学生が通り過ぎている。
どうやら、ことの顛末を全て見られていたようだ。
となると、この話もあっと言う間に、学園内に広まるということ。
学園外、他の高校の野球部にも伝わるかもしれない。
女子学生たちに言われるまでもない、吉田にとっても恥ずかしいことこの上ない。
「何とか、立ち上がらないと」
吉田は膝がガクガクとしながら、必死に立ち上がる。
よろよろとグラウンドに戻ると、野球部顧問渡辺が立っていた。
苦虫を噛み潰したような顔になっている。
「顧問、どうかしたのですか?」
吉田は自分の不始末は、さておいて渡辺顧問に尋ねた。
「どうしたもこうしたもない」
「あの、音楽部顧問のバカ女が、県大会の応援を断った」
「校長も認めやがった」
「いつものように、何とかOBで対応するらしいが、気に入らねえ」
「何が音楽部もコンサートだ、お囃子風情が舐めた口叩きやがって!」
「神聖な高校野球、甲子園出場を目指した汗水たらした努力をなめくさっている!」
真っ赤な顔をして怒り出した。
「うーん・・・」
吉田は、渡辺顧問の怒りに対して何も対応することが出来なかった。
吉田にとって、音楽部の応援はどうでもいい。
つまり、自分だけが目立てば。他は構わないと思っている。
「いいから、練習だ」
結局、渡辺顧問は何の対応もすることができなかった。
吉田も自分の不始末は黙って練習する以外には、できなかった。
光と由香利は揃って、校門を出た。
由香利は驚いている。
「光君って野球も出来るんだ」
「すごいなあ、ほんと見直しちゃった」
「ああ、子供の頃、父さんとキャッチボールぐらいはしました」
光は、いつも通りハンナリと応える。
由香利が光にまた、声をかける。
「へえ、投げた球、すごく速かったよ」
「吉田君、びっくりしていたもの」
光はハンナリのまま
「うーん・・・まあ、どうでもいいんですけど」
「適当に投げただけだし」
「へえ・・・」
「それでも凄いよ」
段々と由香利が光にすり寄って来る。
「もう、二回も光君に、救われた」
「私の守り神だよ、きっと」
由香利は顔を赤らめている。
「うーん、それはありがたいんですが・・・」
光は例によって光の気のない返事をしている。
顔もボンヤリとしている。
「あら?私じゃダメなの?」
途端に由香利が不安な顔になる。
「いや、そうじゃなくて、全くそういう話ではなくて・・・」
光の応えは歯切れが悪い。
「じゃあ、何なの?」
由香利は光の考えていることがわからない。




