第63話ありえない・・・ガタガタ震える吉田
「あのね、吉田君」
たまりかねた由香利が口を挟んだ。
「私から光君に声をかけたの」
「光君からじゃないよ」
「それに私、貴方の女でも何でもない」
「光君のほうがよほど、信じられる」
「貴方なんて、光君に嫉妬してボール投げてくるだけしかできない」
「野球部じゃないよ、そんなの、死球部だよ、お子ちゃまの玉投げだよ!」
由香利の言葉は、手厳しい。
今までの、たまりきったストレスをぶつけているかのように見える。
「うるせえ!そんな優男に・・・」
吉田は、踵を返してグラウンドの方に歩いていく。
余程、由香利の言葉がこたえたらしい。
少し肩を落としている。
「ふん!いい気味だ」
吉田がグラウンドに入ると由香利はにっこりと笑う。
「ああ、すっきりした」
由香利はにっこりと光を見た。
その光はボールを見ている。
「返さなきゃ・・・持っていても仕方ないし」
由香利を一瞬見てから、光にしては大声をあげた。
「吉田さーん」
大声を出すと、案外通る声である。
吉田が振り向いた。
「ボール返します」
と同時に、光は吉田に向かってボールを投げた。
距離で言えば、百五十mぐらい離れている。
「え?」
由香利は、驚いている。
まさか光がボールを投げるとは思わなかった。
それに投げたところで、百五十mも離れているし、普通なら届く距離ではないと思った。
しかし、光の投げたボールはかなり速い。
そして、吉田の胸元に真っ直ぐ伸びている。
ボールを投げられた吉田も驚いている。
とにかく光のボールが真っ直ぐであり、伸びてくるし、メチャクチャに速い。
そのうえ、自分の胸元に正確に向かってくる。
「うわっ」
「パーン!」
吉田は必死にグラブを出した。
光のボールがものすごい衝撃とともに、グラブに収まった。
吉田は、捕球したまま、尻もちをついてしまった。
そして、なかなか立ち上がれない。
衝撃で腰が抜けてしまったのである。
茫然自失になった吉田を見ることも無く、光と由香利は校門を出て行ってしまった。
野球部きって、いや学園きってのスターと自負していた吉田にとっては、あまりのことに茫然自失である。
こともあろうに、あの弱々しく、どちらかと言えば「女子高校生顔」の光にボールを投げられ、そのまま尻もちをついて、おまけに立ち上がれない。
投げられる前には、ほぼぶつける気持ちで、光にボールを投げたけれど、いとも簡単に素手でキャッチされている。
「ありえない・・・」
吉田の膝はまだ、ガクガクとしている。




