第62話vs野球部エース吉田
「・・・ところで、その後、ボクシング部のキャプテンは・・・」
光は必死に話題を変えた。
顔が赤らんでいる。
「ああ、本当にありがとう、あれから何もない」
「でも・・・」
由香利はお礼を言った後、顔を曇らせた。
「まだ、何かあるんですか?」
光は由香里の曇り顔が気になった。
「うん・・・最近、野球部の吉田君がうるさくてさ・・・」
由香利は、本当に嫌そうな顔になる。
「吉田さんですか・・・」
野球部の吉田なら、学園内の情報に疎い光でも知っている。
とにかく派手好き、女好き、いい加減さで有名な「チャラ男」。
野球部では、ピッチャーをしている。
ただ、野球のセンスは、特に野球部顧問から高く評価されている。
何しろ球が速いし、打撃も長打が多い。
吉田の存在があるから、野球部顧問も悲願である甲子園出場が可能と考えているくらいである。
「うん、ほんと、しつこくてさ、ちょっと挨拶してきたから、挨拶返したら、それで俺の女って言いふらしているらしいの」
「私は、吉田君なんて全く興味ないし、キザで大嫌い」
「それより光君のほうが、よほど一緒にいたいもの」
由香利は、顔を赤らめた。
「そうですか・・・ありがとうございます」
ただ、光は、顔を赤らめた由香利に対する応えは、全く淡泊そのもの。
応えながら、ぼんやりと歩いていくだけ。
既に光の頭の中は、英語のテストで一杯になっているのである。
しかし、光の歩みは数歩で止まった。
「危ない!」
由香利の声が飛んだ。
「え?」
光が由香利に振り向くと、光の顔の所に野球のボールがすごいスピードで、飛んでくる。
「ああ、これ?野球部?」
しかし、光は何事もないように、左手でヒョイとボールを掴んでしまった。
「え?」
由香利は驚いた。
ボールを掴んでしまった光と、ボールを投げた人間にである。
「吉田君・・・」
由香利が嫌そうな顔になった。
ボールを突然投げた人間は、話題の人吉田であった。
その吉田は、光と由香利から三十mほど離れた場所に立って光と由香利を見ている。
そして光に怒声を浴びせる。
「おい、光!」
「ボクシング部と、柔道部で大立ち回りをしたからって、でかい顔するな」
「そんな、女子高校生みたいな顔して、俺の由香利をナンパするなんて許さねえ!」
「だいたいボクシングとか柔道とか、そんなマイナーなスポーツで何かしでかしたって、たいしたことはない!」
「いいか、この次、由香利と口を聞こうものなら、その鼻つぶすぞ」
ボールの次に吉田の矢継早の脅しが光を襲った。
もう一球投げるのか、少しずつ、その腕を振り回している。
しかし光は、何も表情を変えない。
というか、ぼんやりとして聞いているだけである。




