第57話阿修羅が話している・・・
華奈とは家の前で別れた。
華奈の家は、一区画離れた所にあるとのこと、別れ際に華奈が真っ赤な顔をしていたけれど、夕焼けか日焼けと思い、光は何も気にしなかった。
光が家に入り、明日の授業の支度をしていると、春奈が家に入ってきた。
「ああ、すみません、でも大丈夫ですから・・・」
光は恐縮している。
「だめだめ、まだ肌も火傷みたいだし、また倒れられても心配だから」
春奈は、全く取り合わない。
どんどん台所で夕飯の支度を始めてしまう。
「消化がいいものにしたよ」
春奈は、中華粥をテーブルの上に置いた。
「へえ・・・こんなのも出来るんだ」
光はちょっと驚いた顔。
「あのね、私だって奈良料理だけじゃないよ」
春奈は、中華粥をテーブルの中央に置き、様々な具をその周りに置いた。
「うん、これ昔から好きだった」
光にしては珍しく、食欲が進むようだ。
「昔からって?」
春奈は光の表情に注目した。
「うん、子供の頃から、お父さんとお母さんと、横浜に行って食べたんです」
「一番好きなのは、中華粥でした」
光は油条という中華の揚げパンをちぎって中華粥に入れている。
「良かった」
春奈は、食欲が進んでいる光を見るのがうれしい。
少なくとも昨日よりは回復していることがわかる。
「ところでさ、今日は大変だったね」
春奈は、光に少し聞いてみようと思った。
「ああ、柔道部のこと?」
光もすぐに春奈の質問がわかったようだ。
ただ、不思議なことに、光の目が光りだしている。
「うん、あんな実力者たちを、投げちゃったね」
春奈は光の目の中を見ている。
「うーん・・・実力者かどうか、わからないけど」
光は首を傾げる。
「いや、あの人たちけっこう、強いはず」
春奈は、もう一度サグリを入れる。
「そうかなあ、何でも力任せに手足を出してくるだけで、全て遅いしね」
「あまり強くない人は、それなりに足で蹴飛ばして」
「最後に出て来たのは、熊みたいな感じ、大きいだけで大したことなかった」
「でも、あれ以上やってもキリがないので、投げるときにほんの少し力を入れたよ」
光は、そこまで言ってまた、中華粥を食べだした。
「・・・これは、阿修羅が話している」
春奈は、確信した。
少なくとも光本人に、あんな格闘技の素養は無い。
光に阿修羅が乗り移って、光の身体を動かしていると確信した。
「うん、その通り、でもまだ、それ程力は出していない」
すると、光は、いきなり質問とは異なることを言いだした。
まるで春奈の心中を読んだような言葉である。
「・・・やはり・・・読まれている」
春奈は、そこで阿修羅について考えることを止めた。
何より「阿修羅」と話をするなど、まだ怖ろしい。
光は相変わらず黙々と食べ続けている。




