第54話「君は何者だ・・・」震え上がる坂口
「許せねえ!」
その光の笑顔で、斎藤の闘志に火がついてしまった。
斎藤は怒りのあまり、坂口の制止などは何も聞かない。
顔を真っ赤にして、光の前に立った。
そして、そのまま、丸太のような腕で光を掴みにかかる。
これには、全員が震えた。
全国二位の実力者、将来はオリンピック選手と言われている無差別級の斎藤が、半分の体重しかない光に、ほぼ体当たりのように掴みかかったのである。
しかし、春奈先生は見向きもしなかった。
「今度こそ、本当の怪我人かな・・・」
少しため息をついた。
結果もわかっていたようである。
「ドッシーン!」
次の瞬間、壁にぶち当たる大音量が聞こえて来た。
全員が再び目を疑った。
あの全国大会二位の無差別級斎藤が、柔道場の壁に叩きつけられた。
既に壁が破損し、破損した箇所に斎藤の腕がめり込んでいる。
「痛い!」斎藤は出血をしているようだ。
周囲が慌てて斎藤を壁から引っ張り出した。
坂口は、真っ青になった。
全員が、全く予想をしていなかった事態になった。
坂口は、柔道場の真ん中にぼんやりと立つ光の前に立った。
「君は・・・何者だ・・・」
坂口は、光の「正体」が「ただならないもの」であることに気づいたようだ。
「はい・・・すみません、怪我させてしまったようで」
光は頭を下げた。
しかし、柔道の経験も体重差も無視して、試合をしかけたのは柔道部。
少なくとも光が頭を下げる理由はない。
「いやいや・・・こちらこそ申し訳ない、本当に初心者なのか、信じられませんが・・・」
ここにきて、何故か坂口は丁寧な言葉を使った。
「出来れば、本気で柔道をやってもらいたいのですが・・・」
坂口は頭まで下げる。
その声も震えてしまっている。
「いや・・・ちょっとそれは・・・」
光は、手をヒラヒラとさせて断る。
「無理だ・・・」
坂口は説得をあきらめた。
どう誘っても無理としか思えない。
とにかく光には全く柔道には関心が無いと確信した。
しかし、もう一つだけ聞きたいことがあった。
「ところで光君、どうしても聞きたいのだけど・・・」
坂口は光のワイシャツを見た。
柔道場に入って来た時と同じ、全く乱れていない。
「柔道部の実力者たちが、君のシャツに触ることも出来なかったんだけど・・・」
坂口は、本当に不思議そうな顔で尋ねた。
「ああ、それは掴まれると破かれそうだし、裁縫は苦手なので」
「それにシャツが身体に触れるだけでも、日焼けした肌がまだ痛いんです」
「ゴワゴワした柔道着に着替えるなんて絶対無理でした」
光は、恥ずかしそうな笑顔になる。
「そんな理由で・・・」
「触れることすら出来なかった・・・いや・・・許さなかった・・・」
坂口は、光の恥かしそうな笑顔に、背筋も足腰も震えている。