第51話柔道着を持たずに柔道場に出向く光
野村は少し気を重くして、光のいるクラスに戻った。
人の良い野村なので、懸命に光に頭を下げる。
「ごめんね、いろいろ忙しいんだろうけれど」
「身体がもう少し回復してからでもいいよ」
「うーん・・・大丈夫だよ」
相変わらず気のない光の返事である。
光は、それでも言葉を続けた。
「それから今日、柔道着持っていないけど、そのまま行きます」
「あまり待たせるのも、悪いし・・・」
その言葉で、野村の身体がぶるっと震えた。
その理由はわからない。
声の響きは弱々しいものの、野村には何か恐ろしい予感がしたのである。
光は野村と一緒に柔道場に入った。
既に柔道部員全員が柔道着をキチンと着込み、正座をしている。
新顧問山下の隣には、超大物の坂口も座っている。
また、校長先生も座っている。
坂口の接待の目的もあるのだろうか、時々話をしている。
いつもの通りヨタヨタと柔道場に入ると、春奈先生が光のところに来た。
「ああ、万が一って言われて校長先生に言われたから、見に来たよ」
春奈先生は、いつもの顔である。
少なくとも何も心配していない。
「おーい!光君、こっちだ」
「あれ?柔道着はどうした?」
新顧問から声がかかった。
「いえ、今日は持っていません、柔道部員でもなく、柔道の授業でもないですし」
「見るだけです」
光の答えは全く正論。
いつしか柔道場に周りには、かなり多くの学生が集まっている。
「いや、まずいですよ、それは」
校長先生も新顧問を抑える。
確かに柔道初心者で、柔道部でもない、しかも柔道着を持っていない光を柔道部員が柔道場で投げるだけでも、問題行為になる。
その上、体調が悪い光に怪我をさせれば傷害行為と見なされてしまう。
しかし、新顧問は聞く耳を持たなかった。
光の柔道を見せるために、超大物の坂口を呼んでしまっており、これ以上無駄足を踏ませるわけにはいかない。
どうしても畳の上に光を呼ぶ必要があった。
光の事情などは、何も考えていない。
「しょうがない、野村、柔道着を貸してやれ」
新顧問は野村を呼んだ。
野村は困ったような顔をするけれど、とても引き下がるような新顧問ではない。
野村は新しい柔道着を取りに行った。
その姿を見て新顧問は柔道部員たちを数名呼び、指示をする。
全て光よりも体重が上、中には高校総体で準優勝になった超重量級の選手もいる。
「いいか、とにかく投げ飛ばせ、この学園の柔道部の名誉を回復しなければならない」
「光の身体はどうなってもいいから、それくらいの覚悟で何度でも投げ飛ばせ」
これには、坂口も不安な顔になる。
「おいおい・・・」
坂口が新顧問の顔を見る。
とても教育者の言葉ではない。
坂口としても、なんとか新顧問の先走りを抑えようとする。
しかし、坂口は抑えることが出来なかった。
光は相談する新顧問、坂口氏、柔道部員を横目で見ていた。
そして、どういう考えなのか、制服のまま、柔道場の中央に進んでしまったのである。




