第43話光のどうにもならない用事?
「君の柔道についてね、野村君が高く評価していたのさ」
「それから前顧問の無礼は私からも本当に申し訳ない」
「それでも前顧問は君の力にびっくりしていたんだ」
坂口は、そういって光に頭を下げるけれど、光はぼんやりとしているだけである。
「はい、ところで、申し訳ありませんが、御用件は?」
光は首をかしげながら坂口に尋ねた。
光としては、柔道部員でもないのに、何故坂口や新顧問の山下に呼び出される理由がわからない。
「いや、単刀直入に言うと、光くんに柔道部を助けてもらいたい」
「都大会も近いし、君に選手として助けてもらいたいのさ」
今度は新顧問の山下が答えた。
本当に単刀直入である。
「いや・・・私は音楽部にはいろうかな・・・程度で」
「えっと・・・それもしっかり決めたわけではなく」
「柔道部員ではないですし」
光はそもそも、柔道部を助ける、入部する気など、全くない。
「いやーそれは、もったいない」
「是非ねえ・・・」
やはり粘りの坂口が光を見る。
「いや、あの・・・」
光は、首を縦にふらない。
また腕時計を見ている。
そして、その顔に焦りが浮かびだした。
そしてオズオズと
「それから、今は全く話をしている時間が無いので、実は今すぐにでも、帰りたいのですが・・・」
光は腕時計を見ながら校長先生を必死に見る。
「え?何か用事があるのか?」
校長先生も不思議そうな顔をする。
「あの・・・実は、自治会で今度の日曜日に運動会があって・・・」
「本当は父が役員なんですが、ずっと出張中で代わりに資材係を引き受けているんです」
「で、資材を今日の七時までに届けなくてはならなくて・・・」
「それで、当日までたくさん準備することもありまして」
光としては早口でしゃべった。
これには校長も坂口も新顧問も「口あんぐり」である。
「で、間に合うのか?」
校長が時計を見ると既に五時近い。
「いや、昨日買うの忘れちゃって・・・今からホームセンターに行って買います」
光がまた必死な顔で校長を見た。
今が夕方五時、ホームセンターで資材を買い込み、七時までに自治会に届け、しかも準備がある、かなりハードなスケジュールである。
こうなると、誰も光を止めることは出来なかった。
「じゃあ、自治会の仕事に急いでくれ」
校長も新顧問も坂口も、そう言うしかなかった。
ということで、結局、新顧問の目論見は全く功を奏しなかった。
光は一目散に教室を出て行ってしまった。
「何とか坂口さんの顔も立てなくては」
それでも校長は、「特例」として光を来週月曜日に、柔道場に「見学」として出向かせることにした。
坂口も新顧問も、今週はどうすることもできなかった。
光も「見るだけで」との条件を飲んだ。
それでも、坂口の微かな希望は残ったのである。




