第42話超大物坂口と面会、時計を気にする光
「いや、なんでも面白い学生がいるとか・・・柔道部の野村君にも聞いたんですがね」
「全く柔道初心者だったはずなのに、野村君が技をまったくかけられないし、ポンポン投げられるし、前顧問だって音楽室であっけなく腕を極められてしまったとか・・・」
「ああ・・・音楽室に乗り込んだことは、私からもお詫びをいたします」
「何しろ若い時から、抑制が効かない性格で・・・」
「まあ、それでオリンピックでも緊張して一回戦負けなんですがね」
坂口は、ほとんど情報を手に入れているようである。
それなら、何故、校長室まで出向いてきたのだろうか・・・校長は坂口の次の言葉を待った。
「出来れば、私にもその学生を見せて欲しいのですが・・・」
坂口はそう言って頭を下げる。
超大物坂口に頭を下げられて、校長もいささか緊張する。
「ああ、見せるだけならいいのですが・・・」校長
「はい、ありがとうございます。では柔道場で」
すると坂口はいきなり柔道場でと指定した。
校長もそこまでとは考えていない。
「いや、それは困ります」
今学期は既に授業としての柔道は終了している。
それにもともと、光は柔道部ではない。
そもそも、授業以外で柔道場に入る理由が無い。
校長は、その趣旨のことを坂口氏に告げた。
しかし坂口は、簡単には引き下がらない。
柔道現役選手時代から「粘り」の坂口として名を馳せて来ている。
「いや、できればねえ・・・野村君にしろ前顧問にしろ柔道の実力者ですよ」
「それを簡単にねじ伏せるなんて、もしかして、素晴らしい才能を持った学生かもしれない」
「そういう学生は柔道部に入ってもらって、才能を伸ばしてあげることも教育ではないですか」
「うまくいけばオリンピックに出て、いい成績を出すかもしれない、なかなか日本柔道が外国勢に勝てない中でねえ・・・」
坂口は、話をどんどん大きくした。オリンピックまで持ち出している。
「そうは言われましても本人が・・・」
何しろ今まで何もしてこなかった帰宅部の光である。
音楽部に入るとは言ったそうだが、それだって、どこまで当てになるだろうか。
校長としても、「あの光」が柔道着を着て練習に励む姿など全く予想できないのである。
「本人を呼ぶことは出来ませんか?直接話をして見たいので」
どうしても粘りの坂口は引き下がらない。
「わかりました、それでは・・・」
校長は、仕方なく坂口の要望を飲んだ。
「呼ぶだけならいいか・・・」
校長の考えはそんな程度であった。
放課後に光を呼ぶことにした。
「失礼します」
放課後になり、相変わらず弱々しくヨタヨタと光が校長室に入って来た。
何故か腕時計を気にしている。
「ああ、君が光君か・・・」
坂口と新顧問の山下は光と初対面である。
確かに野村や前顧問の言う通り、か細い華奢な身体つきである。
それに所作そのものが、弱々しい。
どうして実力者野村と前顧問が怖がっているのか、全く理由がわからない。
「はい・・・光です」
光はいつもの通りおっとりと応える。
またしても腕時計を気にしている。




