第41話柔道部前顧問の憔悴と超大物坂口登場
「うーん・・・」
これでは山下新顧問もさっぱりわからない。
山下顧問は、野村への質問をあきらめ、前顧問にも聞いてみることにした。
「光のことか」
前顧問の家を訪ねると、全く憔悴した顔で、前顧問が出てきた。
「はい、先輩ほどの実力者が、そんな簡単に・・・」
山下は率直な質問をぶつけた。
「いや・・・」
前顧問は首を横に振った。
そして前顧問は、震えだしている。
「とにかく・・・恐ろしい・・・」
「組んだ瞬間・・・光の目が恐ろしく光った」
「見た瞬間、身体が震えあがった」
「そしたら途端に腕を極められ、腹ばいだ」
「ほんとに後、数ミリ動かされたら、靭帯は切れた」
「しかも、光はそれを知っていた」
「つまり計算ずくで、やられた」
前顧問は、そう言って顔を真っ青にする。
「うーん・・・」
山下新顧問はそれでも、よくわからない。
「立ち会ってみるかな・・・」
小声でつぶやいた。
次の瞬間、前顧問が首を強く横に振る。
「やめとけ」
「せっかく音楽部に入ったんだからそのままにしておけ」
今まで音楽部を西洋児戯と馬鹿にしていた前顧問が大きな変化をしている。
「え?」
その変化には、山下新顧問も驚く。
「もし、お前まで俺みたいになったら、日本柔道の名折れだぞ」
前顧問は真剣な顔をしている。
「いや、立ち会います」
「どんな手を使っても」
山下は言い出したら後には引かない性質。
少なくとも前顧問よりは、自分のほうが実力は上だと思っている。
それに、自分が光を組み敷けば、全てが解決する。
なんとか「野村と前顧問は偶然だった」と、言いふらすことができるし、そして上手に光を柔道部に引き込めば、高校総体でも上位が期待できる。
新顧問としても、柔道部の伝統を引き継がなければならないと考えたのである。
山下新顧問は、早速行動を開始した。
校長室に「客人」を連れて出向いたのである。
「客人」は、校長も驚くような柔道界の超大物坂口氏だった。
既に何度も全日本や世界を制し、全日本監督経験もある超大物、時の首相とも、相当懇意と聞く。
噂では肝胆相照らす仲とも言われている。
校長としては、当初、新顧問が柔道界の先輩を連れてくると言うことで面会に応じたのであるが、まさかここまでの超大物が来るとは考えていなかった。
「いや、突然、あの優秀な前顧問が仕事を辞めるなんて驚きました」
坂口が校長に話しかける。
「はあ・・・私も突然で驚いたのですが、どうしても本人が辞めるといって聞かないので・・・待遇面でも他の教員に比しても、かなり優遇していたのですが・・・」
校長は前顧問と光の一件は語らなかった。
柔道のオリンピック選手が柔道初心者に手も無く捻られたなど話そうものなら、超大物の坂口の気分を害すると考えたのである。
しかし、坂口の反応は異なっていた。
前顧問と光の一件を坂口から口に出したのである。