幸せな謝恩会と明日の予定?
「うーん、ここでもリッチだなあ」
「ここまでがんばってくれる学園というか、校長先生もないね」
「だから、愛校精神というのが育つのさ、強制されるものじゃない」
「本当に、校長先生って、どこまで奥が深いのかなあ」
「それに、オシャレなケーキが多いね、こんなの街のケーキ屋さんで見たことがないよ」
謝恩会会場に並ぶケーキは、光の母菜穂子のケーキレシピから、春奈、由香利、由紀が選びホテルのパティシェに伝えたものだった。
豪勢なオードブルやケーキを食べる卒業生が満足の声をあげる中、光たちの演奏が始まった。
「へえ、音楽系三部のコラボかあ」
「いいなあ、上手だ」
「思い出になるなあ、でも光君の演奏聞けないなあ、それが寂しい」
「彼は音楽も上手だけど、ほんといろんな問題を解決したよね、いい後輩だ、自慢になる、早くデヴューしないかなあ」
柔道部斎藤も顔を見せている。
様々な感想が述べられる中、由紀が光の隣に立った。
「わあ、由紀さんと光君の曲になった」
「ほー・・・素顔のままでかあ・・・沁みるなあ」
「ほんと、良いカップルだなあ」
清水も顔を出した。
交通事故の影響が少し残り、脚を引きずるものの、笑顔でステージを見ている。
由紀がステージを下がり、「エイプリル・イン・パリ」の番になった。
光はピアノから突然立ち上がった。
そして清水を手招きしている。
「早く来ないと始めちゃいますよ」
いつもの、弱々しい声とは全く異なる張りのある明るい声で清水を呼んだ。
「まったく、卒業生だよ、僕は」
清水が苦笑しながらステージの手前に来ると、光はいきなりイントロを弾き出してしまう。
「全く強引だなあ」
しかし、清水もうれしいのか、ステージに上がり、ギターを弾き出した。
「へえ、アコースティックでねえ。このエイプリル・イン・パリもオシャレだねえ」
いつの間にか、校長先生もほぼ最前列で聴きに来ている。
清水を含めた演奏が終わると、由香利が光の前に来た。
少し光を睨んでいる。
「こら、清水君ばかりじゃないでしょ!ほら、早く準備して!」
いつのまにか、由香利の隣には、祥子先生と由紀も立っている。
「え?やるの?」
光は、由香利の参加は全く考慮になかったようで、少しウロタエ顔である。
「ほら、始めちゃうぞ!」
今度は、清水が光を急かした。
清水もいきなり「恋はあせらず」のイントロを弾き出してしまう。
同時に、由香利をメインボーカルにした秋のコンサートの再現となった。
光と華奈と光のバッハも好評だった。
「うん、華奈ちゃんの、真摯な演奏だね」
「キラキラ、清らかなバッハだ」
「受験の苦しみも、洗い流されるね」
「華奈ちゃんが光君を必死に見ている、あそこまでだと、けなげだねえ」
「ほんとだねえ、光君は誰を選ぶのかなあ」
様々、演奏とは関係ないことまで囁かれながら、光と華奈の演奏が終わった。
その後、数曲が演奏され、最後は平均律クラヴィア曲集第一番のアヴェ・マリアバージョンで、合唱部のコーラスに華奈が加わり一応終わりとなった。
しかし、これで終わることはないというのは、謝恩会に集まった全員が理解していた。
校長先生を筆頭に「アンコール」の声がかかり、締めの曲としてモーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」が演奏された。
卒業生も下級生も生徒も教師も無かった。
全員が、涙を流しながら歌っていた。
卒業式と謝恩会は無事終了し、光、春奈、華奈はソフィーの運転する車で帰宅した。
「お疲れさま、いい卒業式だったね」
今日は春奈が紅茶を淹れている。
「すっごく緊張したけれど、拍手がうれしかった」
華奈も素直になり、本音を言っている。
「当分、本番が無いなあ、気楽でいいや」
光も本音。
とにかく、再びお気楽な生活が始まる、それがいつものボンヤリ顔をさらにボンヤリ化させている。
しかし、ソフィーとしては、それでは困る。
ついつい、きつい言葉をかけてしまう。
「ほら、また忘れているしさ、明日の予定覚えている?」
ソフィーの表情は、春奈と華奈が驚くほどきつい。




