春奈を抱きしめる光 春奈と菜穂子の会話
「ふふん、これって、アワテ顔、この顔が見たかった」
しかし、そういう春奈の顔も真っ赤になっている。
ただ、そんな言葉を光に言うわけにはいかない。
「顔が赤いからさ、熱があるのかなあとね」
「ちょっと前まで風邪気味だったでしょ」
ほぼ、口から出まかせの保健師発言である。
そして、そのまま光の額に手をあてる。
「え?大丈夫ですよ、春奈さん」
ますます光はアワテ顔になる。
しかし、そんな「大丈夫」なんて言葉を、そのまま受けるわけにはいかない。
春奈は、必死に次の言葉を考えた。
「うーん、大丈夫じゃないの、私が」
・・・結局本音が出てしまった。
「もう、心配で心配でしょうがなかったんだから」
「ソフィーは観音様だから観音様と阿修羅のハグでガマンする」
「私は、光君とハグしたいの、安心したいから思いっきりハグして」
春奈は、真っ赤になった。
それに、既に涙ボロボロになっている。
光は、春奈を思いっきり抱き寄せた。
「うん、ありがとう・・・温かい」
「ホッとしたよ・・・」
春奈は光の肩に顔を押し付け泣き出してしまった。
夕食は「アッサリとしたもの」という光の希望もあり、湯豆腐にした。
そういう光の考えを読んでいたのか、ニケが自家製豆腐や昆布、ネギ、大根、生姜、花カツオなどが、既に冷蔵庫に入れてあるのが、少々疲れた中での救いだった。
「さすがニケだなあ、全て光君のことを読んでいる」
「先代観音様だけはあるね、尊敬だ」
春奈は光と湯豆腐を食べながら、ニケの底知れない力に感服している。
「お豆腐も美味しい、薬味もピリッとして、落ちつく味」
光も、美味しそうに食べている。
「そうだ、これが私の幸せだ」
「できれば、ずっとこの家で光君と暮らしたいなあ」
春奈は、心底、思うようになっている。
食事を終え、明日の準備などをして、春奈はベッドに横になった。
春奈自身も、疲れがたまっていたのか、眠りに入るまでの時間は、わずかだった。
既に眠りの世界、夢の世界に入っている春奈に、声がかけられた。
春奈自身も夢であることは、すぐにわかった。
何しろ、声の主は、光の母菜穂子だった。
「春奈さん」
菜穂子の声もはっきり聞こえ、顔や姿全体がしっかりと見えている。
春奈も、不思議に動揺が無かった。
「はい、お久しぶりです、この家にお世話になっています」
春奈は、菜穂子に頭を下げた。
春奈は、菜穂子は子供の頃見た程度。
ほとんど話をしたことがない、ただやさしくてきれいな女性としか思い出がない。
「いえいえ、光のことや家のこと、本当にありがとう」
「どうにも、私の体質なのかな、弱い身体だから」
菜穂子の顔が少し沈んだ。
「いえ、本当に頑張っています、阿修羅様を宿しておられて、光君も苦しい時もあると思います」
「私も、歳が離れていますが、もう少しこの家に置いてください」
春奈は、本音を言うしかないと思った。
菜穂子に近づき、その手を握った。
「本当に、ありがとう、光は・・・」
「特に今の光は春奈さんじゃないと、任せられないの」
「まだまだ、うぶな子で、迷惑かけるけれど」
菜穂子の声は湿っていた。
「わかりました、是非・・・」
春奈もそこまでしか言えなかった。
そして、そのまま菜穂子の声も消え、目覚めると朝日がカーテンの間から差し込んでいる。




