第40話光の「A列車」と音楽部入り?
「でも、この弾き方好き・・・」
祥子はジャズも大好きである。
学生時代から先生の目を盗んではジャズセッションに励んだ思い出がある。
何がなんでもコンクールのための練習では飽き足らなかったこともある。
「面白いなあ・・・楽しいなあ、スイングもしているし・・・」
既に「客席」の学生たちから手拍子も起こっている。
祥子も「我慢」出来ず手拍子を始めてしまう。
光の「A列車」は、それに合わせてスイング感と音量を更に増していった。
笑顔で「A列車」を終えた光に、祥子が声をかけた。
「光君、音楽部に入らない?」
「君となら、いろいろ出来そう」
祥子は心の底から、光と音楽をしたくなった。
しかし、光は誰もが認める帰宅部。
誘う祥子に不安があった。
祥子は本当にドキドキしながら光の言葉を待った。
その祥子に光は笑顔で応えた。
「うん、面白そうですね、入ろうかな」
祥子にとっては本当にうれしい答えだった。
「こんなに面白い子と一緒に音楽が出来る」
これで、つまらない生活が楽しくなると感じている。
しかし光は、ほとんど考えていなかった。
「しごかれる運動部よりはマシ、またいつかでいいや」
生まれつき怠け者の光にとっては、当たり前の考え方なのであった。
「へえ・・・音楽部ねえ・・・」
春奈は、光と帰りがけに廊下で話をした。
光は、音楽部に入ることを「考えている」と言っている。
確かに帰宅部では、学生生活も単調でつまらないものになる。
光の今後の人生のためにも、学生時代に友人関係を作っておくことも大切なことだと思う。
それが、たまたま音楽部だっただけで、春奈にも予想外であっただけである。
「まあ、格闘系よりいいかも」
春奈は、光の音楽部入りを賛成した。
どう考えても「汗臭さ」が似合わない光が、格闘の練習をするなど考えらえない。
それと、「阿修羅」の音楽も興味が惹かれるのである。
この際、音楽部に女子学生が多いことは気にならなかった。
既に、周囲に光に憧れる女性が多い、しかし光は全く興味を示さない。
「大丈夫かな」
光の東京での「お目付け役」としては、身体に危険が及ばなければ、後は光に任せることにした。
ただし、対応が必要な場合は、何とかしようとは考えていた。
しかし、どうしても光の音楽部入りを納得できない者たちがいた。
光に相手にされなかった柔道部員たちである。
既に前柔道部顧問の後輩が、新しい顧問として迎えられ、柔道部の練習に顔を出している。
新しい顧問の山下もかつてはオリンピック選手、オリンピック出場時には三位入賞を果たした実力者である。
柔道部新顧問は、その仕事を引き受ける際に、まず光の同級生で「簡単に投げられてしまった」野村に、光の柔道について尋ねた。
山下としても、目をかけて来た技術の高い野村が、柔道初心者の光にそんな状態になるなど、信じられないのである。
「いや・・・」
山下がその質問をすると、野村は下を向いた。
「どうなんだ?下を向いているだけではわからん」
山下が問いただすと、ようやく野村が顔をあげた。
「いや・・・もう・・・よくわからないんですが・・・」野村
「よく・・・わからないと言っても」
山下は首をかしげる。
「とにかく、底が知れない。桁違いとしかいいようがありません」
野村はそう言って、身体を震わせた後、黙り込んでしまった。




