光が感じていたこと
ただ、美紀は光の表情を途中からずっと見ていた。
「何しろ、熔鉱の浄めをしたんだから」
熔鉱の浄めとは、世界最古の宗教ゾロアスター教に見られる裁判の試罪法である。
これは、灼熱の熔鉱を胸に注ぎ、容疑者が無事であれば、無罪である証となる。
「阿修羅は、暗闇の神を抱きかかえ、富士山の火口の奥深く入り込みマグマの熔鉱をそこで暗闇の神の身体に浴びせかけた」
「それにより、悪思、悪語、悪行の象徴である暗闇の神は、マグマの熔鉱により厳しく断罪、マグマの中に閉じ込められた」
「しかし、阿修羅の寄りましである光君とて、そんなことをすれば無事ではいられない」
「そこでカルラ神とサカラ神による清浄水、イエス独特の命の水による蘇生が必要だった」
「そうなると、今回の八部衆や天使長、アポロとかイエスの出現も、そこまで導くための周到な準備のためなのかな」
「阿修羅としても、どうしても光君を護りたいんだ」
美紀は、様々思考を巡らせる。
そして、光は美紀が思考を巡らせるたびに、一つ一つ頷いている。
「ところでさ、光君、本当に大丈夫なの?」
美紀は、少々不安を感じている。
もともとひ弱で体力がない光である。
なるべく早く休ませたほうがいいと思っている。
他の巫女たちも、心配そうに光を見ている。
「ああ、大丈夫だよ」
「みんなの想いが身体の中の火を絶やさないでくれた」
「それが無かったら、今この世にはいない」
光はニッコリと笑った。
その笑顔が輝いている。
「じゃあ、お食事も出来る?」
春奈は、ホッとしてしまったのか、光に聞きながら涙が出て来てしまった。
光が普通に頷くと、他の巫女たちも涙ぐんでいる。
「そうだねえ、せっかくみんながそろっているんだから」
美紀は、スマホを取り出した。
誰かに連絡をするらしい。
途端に玄関のチャイムが鳴った。
インタフォンから声が聞こえて来た。
「美紀さん、連絡はいらないよ、材料は全部持って来た」
懐かしいニケの声が聞こえて来た。
驚いて華奈が玄関を開けると、ニケとソフィーが立っている。
「ああ、そうか!」
「全員そろっているんだ」
「わーい、ピザだ!モリモリ食べよう!」
リビングにいる全員が頭を抱えるくらいの、華奈の大声三連発である。
「まあまあ、とにかく光君、お疲れさま!」
ニケはリビングに入るなり、光の背中をポンとたたいた。
光もニケの顔を見ると、背筋を伸ばさないわけにはいかないようだ。
恥ずかしそうな顔をしながらも、懸命に胸をそらしている。
「とにかく、みんな楓ちゃんには内緒でね」
美紀の言葉で全員がキッチンに入った。
「小麦粉が、本格的だなあ」光
「すごいなあ、魚介類もあるし、お肉もチーズもすごいのばかり」春奈
「こんな新鮮なトマトでソースをつくったら美味しいなあ」ルシェール
「わあ。バジルだ、アンチョビもある、このピザ大好き」由香利
「お野菜もたくさんあるから、私はサラダ作るよ、オニオンソースがさっぱりでいいな」由紀
「うーん、そうなると私は?」華奈
「私の手元しかない、みんなに迷惑かけられない」美紀
「光さんの手元でいい」
華奈の抵抗は、母親美紀に全く無視され、おまけにお尻を叩かれている。
「ところでさ、光君」
ソフィーが何か話があるようである。
ピザ作りで忙しい、キッチンでは話せないのか、光ととリビングに入った。
「ああ、ソフィーも、本当にありがとう」
光はソフィーに頭を下げた。
「いやいや、凄かったからさ、実は心配なの」
ソフィーは、不安気な顔で光を見ている。
ただ、光の表情は、輝いたまま。
「そうだね、身体の中が熱くて、みんなの想いが伝わって来て、絶対倒れられないというか、火口の中は熱かったけれど、意識だけはなくなることはなかった」
光は、少し顔を赤らめて話している。
ソフィーは、もう少し聞いてみたかった。
「その身体の中が熱いっていうのは、いつ頃から?」
光は、少し首を傾げて答えた。
「えーっとね、寒川様で特別の御祈祷を受けてからかなあ」
「身体が火照ると言う意味じゃないよ」
「上手には表現できないけれどね」
光は、確かにそこまでしか表現出来ないようだ。




