ピアノ講師吉村への断罪 内田先生が自宅に
「うわーーー!」
あまりの恐ろしさに、吉村は目をつぶり絶叫した。
何しろ、ものすごい速度でピアノのふたが自らの手の甲に落ちて来る。
とても、鍵盤から手を離す余裕などない。
「・・・あれ?」
しかし、吉村は何も感じなかった。
不思議に思い、目を開けてもピアノのふたは、その位置を変えていない。
吉村自身もピアノの前の椅子に座ったままである。
「吉村先生」
光の声が聞こえて来た。
「吉村先生は、小学校三年生の美穂ちゃんの手に、ピアノのふたを思いっきり落としたんですよ。どれ程怖く、痛かったんでしょうね」
本当にゆっくりとした光の言葉だった。
しかし、吉村は腰が抜けてしまい、声も出なくなっている。
ソフィーが吉村の顔を見据えた。
「この光君は、内田先生も評価する菜穂子さんの子供、そして小沢先生の認めたピアノ奏者で指揮者、吉村さんみたいな、ただ音大出身だけで近所内で威張っているピアノの先生どころじゃないの」
「吉村さんの演奏歴も調べたけれど、音楽コンクールの入賞歴もなく、プロとしての演奏歴もほとんどない、その理由は、あまりにも自己中心的な演奏で、共演者がいなくなったこと、ピアノリサイタルにしても、近所の人に強引に売りつけただけでしょ!」
ソフィーの追及は厳しい。
吉村の身体は、ますますガクガクと震え、顔が蒼くなるけれど、ソフィーの追及は止まらない。
「おまけにね、さっきの応接間で、ばかに宝石商の感謝状が多いと思って問い合わせてみたら、とんでもないことがわかった」
「宝石商から吉村さんは、いつも現金で買いに来たって証言があったよ」
「吉村さんね、レッスンの月謝はほとんど現金だったよね、月謝袋がものすごい束になってあそこの棚にあるけどさ、おそらくそれを帳簿には残さず、それを宝石とか金に替えたんでしょ」
「で、宝石とか金がたまって来ると、それをまとめて、もっと高価な貴金属に替える」
「これは所得税法違反っていうか、悪質かなあ、重加算税もかなりくるねえ・・・」
「ここの壁に貼ってあるレッスン予定表と月謝袋、確定申告を照合すれば、脱税は一目瞭然だねえ」
そこまで、話してソフィーは一息を入れた。
「それでね、私たちは、次のお客様までのつなぎでね、次のお客様はもっと楽しいよ」
ソフィーが含み笑いをすると、いきなりチャイムが鳴った。
チャイムが三回鳴り、ようやく奥さんが出たようである。
すぐに奥さんが血相を変えてレッスン室に飛び込んで来た。
「あなた、国税の人が!」
「もう、レッスン者名簿を見つけたよ!」
奥さんの言葉で、吉村はガックリと崩れ落ちている。
吉村のピアノ教室は、全てのレッスン生がやめてしまった。
美紀の勤める音大の先生や、内田先生の紹介のピアノ教師のところに通うことになった。
もともと、吉村は子供たちには暴力的な指導で評判が悪かった。
ただ、吉村が近所の顔役みたいな面があり、「お付き合いで」子供たちをレッスンに通わせていただけなのである。
ただ、授業料以外にも、盆暮れの付け届けは、暗に強制されていたらしい。
そして盆暮れの付け届けを行った生徒には、比較的暴力は少なかった。
「私、そういう付け届けの話もチラッと聞いたけれど、したくなくてね」
明美の顔が浮かない。
「いや、明美さんのせいじゃないよ」
美紀は、明美を慰めている。
明美は自分が付け届けをしなかったから、美穂の手にピアノのふたを落されたと思っているらしい。
「まあ、一度光君の家に戻って落ち着きましょう」ソフィー
「光君が美味しい珈琲を出しますよ」
春奈は光の手挽き珈琲まで決めつけている。
光たちが家に戻ると、待ち構えていた巫女たち全員が出迎えた。
「おかえりー、大丈夫?美穂ちゃん!」
華奈は、美穂を抱え上げた。
美穂もうれしそうな顔になる。
「美穂ちゃん、フレンチトースト作ったよ、美味しいよ!」
ルシェールは由香利、由紀とテーブルの上にフレンチトーストを並べていく。
光が珈琲豆を挽いていると、チャイムが鳴った。
華奈がインタフォンに出ると、聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「内田です、光君に会いに来たよ」
「あはは、僕もいるって、かなわないなあ」
突然訪ねてきたのは、内田先生と小沢先生だった。
華奈は、本当に恐縮して、玄関を開け、二人をリビングに招き入れた。
「ほー・・・ナタリー直伝のフレンチトーストか・・・」内田
「いや、いいところに来た」小沢
フレンチトーストは余分に作ってあったらしい。
光の珈琲と同時に、内田と小沢の前に並べられた。
「ああ、美穂ちゃんは、ココアにしたよ」
光は、ホイップクリームをたっぷり乗せたココアを美穂の前に置いた。
美穂は、本当にうれしそうにココアを飲んでいる。




