最後のケーキ、アントノレ
翌朝になった。
光、ルシェール、春奈が朝食後、リビングに座っていると、チャイムが鳴った。
「むむ、華奈ちゃんかなあ」
春奈が立ち上がると、美紀の声がインタフォン越しに聞こえて来た。
「みんな、おはよう、手伝いに来たよ」
そして、そのまま華奈と入って来た。
「ああ、昨日ね圭子さんから連絡が来てね、あのケーキでしょ?」
「何となくわかるから、手伝うよ」
昨晩必死に探して見つからなかったケーキである。
それを美紀に、簡単に、「何となくわかる」とまで言われてしまった。
春奈は、少しホッとしたけれど、「当分光と一緒に住める」と思い込んでいたルシェールは、少し落胆している。
おまけに、「分野違い」、「まさか来ないでしょ」の、ソフィー、由香利、由紀も登場してしまった。
「だいたいね、光君は、政府の管理下なんだから、ある意味私の管理下だよ、それに私にケーキが作れないなんて、観音様に失礼」ソフィー
「光君のお母さんのレシピって、本当に興味があるの、光君と結婚したら、当然必要だしさ」由香利
「謝恩会で、光君のお母さんのお菓子レシピ使いたいの、だからその日は、春奈さんは先生で忙しいしさ、華奈ちゃんはイマイチだしさ」由紀
「イマイチ」発言で、口を尖らせる華奈であるけれど、「お菓子作り」については、全く反論出来ないようだ。
それでも華奈は、一歩も引かない。
すばやく、キョトン顔の光にすり寄った。
「ねえ、みんな、どういうわけか、お菓子作りするみたいだけど、光さんは私の練習に付き合ってくれますよね、この間の銀座みたいなバッハにしたいの」
華奈は、もう、必死の顔である。
光も、深く考えることはない。
「そうだねえ、なかなか、あのニュアンスが出ないねえ、出来るまでやってみようか」
「がんばろうね、華奈ちゃん」
おまけに光は、やさしい声掛けをする。
「華奈の分だけ、半分にする」美紀
「でも、その方がスムーズに出来ますし」ルシェール
「これだけ人数がいれば、何人かは手持ちぶたさに」由香利
「どうせなら、いろんなのを作って、ケーキパーティーとか?」由紀
「わーーーそれ、いいなあ!」
ちょっとお堅いソフィーもうれしそうな顔になる。
ただ、美紀は少し考えて華奈を含めて巫女全員を呼んだ。
「うん、私が覚えているケーキの他にたくさん作ってパーティーは私も大賛成でやりたいけど・・・」
美紀の考えは全員がすぐに理解したらしい。
美紀が言葉を続けた。
「基本的には、あのケーキで正面から光君に食べさせるべき、そうでないと、これだけの巫女が集まった焦点がぼける」
「それと、絶対に、奈良に一人でいる楓ちゃんには内緒だよ、毎晩寂しいって泣いているらしい、ちょっと可哀そうだからね」
「おそらくね、光君にも慎重にしないといけないんだけれどね」
美紀は「何となくわかる」と思ったケーキを探し出した。
そして、そのまま伊豆の奈津美に確認を取っている。
「うん、たぶん、ケーキの種類としては、これだと思う」
美紀は、集まった巫女たち全員に、レシピのページを見せた。
「へえ、サントノレ・・・可愛い!」春奈
「フランスに古くからあるお菓子か、知らなかった」ルシェール
「飴をかけた小さなシュークリームとメメクリームをパイ生地に乗せるんだ」由香利
「特別な時に出すケーキって書いてあるよ」由紀
「・・・特別な時かあ・・・」
レシピノートの一番下に書いてある言葉に、美紀は腕を組んだ。
「作り方そのものは、複雑さを要しないけれど、光君の前に出すのに緊張するかも」由紀
「光君のお母さんも、特別な時に出すと思って作ったケーキだよ、想いがこもっていたはず」由香利
いろいろ不安を感じる巫女たちではあるけれど、美紀が方針を決定した。
「でも、まだ、菜穂子さんみたいに上手に作れないかもしれない、サントノレだけ、まずは作ってみよう、それが出来ないと前に進まない」
美紀の言葉で、「取りあえずの方針」が決定した。
光の家には、春奈と、音楽の練習をしている光と華奈だけを残し、他の巫女たちは材料の買い出しに出かけたのである。
春奈は、調理器具を並べながら、いろいろと考えている。
「さすが、美紀さんだなあ、頭のキレとか指導力とか尊敬しちゃう」
おそらく美紀がいなかったら、どれほど時間がかかったのか、想像もつかない。
「あとは、作るだけなんだけど・・・」
上手に出来るかどうかは、ケーキ作りの名人ルシェールがいる、そこは大丈夫だと思った。
心配なのは、どういう話し方で光の前に、サントノレケーキを出したらいいのかである。
春奈の心中は、ドキドキ感が強まっている。




