人形町の老舗洋食店にて 光とアロマ
ステージから、光と華奈、ルシェール、由紀、由香利、晃子が降りて来た。
「他の神は、また空に飛んだよ」
「何か見回りをしたいらしい」
光はそう言って肩をすくめた。
光の目は輝いている。
「うん、お地蔵様の、計らいだね」ソフィー
「何もかもお見通しさ、だからお地蔵様さ」由香利
「それにしても、少し歩きたいなあ」由紀
「やっとゆっくりできますしね」ルシェール
「銀座は初めてなので、お腹が減るまで歩きたい」華奈
一行は、それでも、少々銀座の街を歩いた。
しかし、結局、特に華奈が「お腹が減った」となり、日本橋人形町の古い洋食店へ向かうことになった。
誰も異論を唱えなかった。
何よりテロ集団との戦いと大勢の人の前でのいきなりの演奏で、心と身体を落ち着けたかったのである。
「ほう・・・風格のある和風の店だけど、ここで洋食?」春奈
「へえ、シチューがスチューって書いてある」華奈
「創業は昭和八年って・・・超老舗だ」」由紀
「柱も磨き込んであって、すごいですねえ、風格があります」ルシェール
「光君、良く知っているね、確かに老舗なんだけど」
由香利は、光の顔を見た。
「うん、日本橋とか銀座とか、両親と買い物で歩くことが多くてね、ここの店は両親ともお気に入りのお店でね」
「父さんはハンバーグ、母さんがビーフスチュー、僕がカレーだったな」
光にしては、丁寧に説明をしている。
「もー、そういうこと言うから、決めるの迷っちゃう」春奈
「光さん、半分こしよう、私はハンバーグ、光さんはカレーってどう?」華奈
「そんなこと決めつけて、光君がビーフスチューだったらどうするの?」由香利
「半分こって言っても、それ以上食べちゃうでしょ?」由紀
「華奈ちゃんの話はまったく当てになりません」ルシェール
どうでもいい会話が一部あったけれど、結局はそれぞれが食べたいものを選んだ。
「うーん、このハンバーグ、ジューシーでトロトロ・・・落ち着く味」ソフィー
「このビーフスチューも、煮込み方が最高、味が深い」春奈
「カキフライも絶品です」ルシェール
「こんなに味が濃いグラタン、美味しいなんてもんじゃない」由紀
それで、結局光はカレー、華奈はハヤシライスを頼んでいる。
「うん、カレーライス美味しそう」春奈
「香りが、すごいなあ」ソフィー
「華奈ちゃんのハヤシライスも美味しいはず・・・だけど」
由香利はクスクスと笑う。
「うん、言いたいことわかった」由紀
「どう考えても、カレーとハヤシだと、半分こは無理」ルシェール
「やはり当てにならないですねえ・・・」ルシェール
年輩巫女たちの分析通り、結局華奈は、光との「半分こ」作戦は達成出来なかった。
「でも、ハヤシもね、かなり美味しい」
華奈としては、精一杯の抵抗を見せるけれど、全員食べるのに夢中となり、全く相手にされていない。
その後、少し人形町の甘酒横丁で甘酒を飲み、人形焼きをお土産に買い、その日は案外すんなりと、全員が自宅に帰った。
春奈と光は、再び二人きりになった。
差し向かいで、紅茶を飲んでいる。
「うん、今日もお疲れさま」
春奈は、光の顔をじっと見ている。
その光の顔が疲れてしまったらしく、少し蒼い。
「はい、ありがとう、上手に案内出来なくて」
光は頭を下げた。
「ああ、気にしなくていいよ、大変なこともあったしさ、よく頑張っていたよ」
「私も少し買い物出来たしさ」
春奈はは、少し光の蒼い顔が気になっている。
「ところでさ、光君ってアロマって好きなの?」
春奈は、話題を変えようと思い、光に聞いてみた。
光と銀座を歩いている時に、お香の店をのぞいたからである。
奈良で育った春奈にとって、お香とかアロマはなじみ深いけれど、関東で育った光がお香の店に入るのは、意外だった。
「うん、特にね、沈香の香が好き」
「それ以外に白檀もいいけれど、乳香とか、華やかにするにはバニラとかさ」
「ああ、珈琲香もあるなあ」
驚いたことに光は、お香に詳しかった。
それを聞いて、春奈はうれしくなった。
「へえ、でね・・・沈香のお香買って来たの」
春奈は、光の顔をじっと見た。
「わあ、うれしい、お願いします、さすが、春奈さんだ」
光は、うれしそうな顔になった。
光の言葉を受けて、春奈は早速沈香のお香をたき始めた。
沈香ならではの、深みのある香りが、家全体に広がっている。




