第37話音楽部顧問の誘い 春奈の分析
「もう少し光君のピアノ聴きたいなあと思ってね」
そういって音楽講師は光の手を取った。
「え?ピアノですか?」
光は、ピアノ自体は子供の頃から好きだった。
小学五年生で母が亡くなるまで、母にピアノを教わった。
母が亡くなってからも時折は、ピアノを弾く。
光自身は上手か下手かわからない。
小学生以来、家以外ではほとんど弾いたこともない。
ただ、音楽自体は何でも好きである。
レッスンで習ったクラシックをはじめとして、ジャズ、ロック、ポップスにこだわりはない。
嫌いなのは演歌だけ。
特に演歌歌手のド派手な衣装とか、お涙頂戴の歌い方、超大物男性歌手の「演歌は日本男子の心」などと豪語する態度には虫唾が走る。
「はい、わかりました、ピアノなら・・・」
光はニッコリと笑った。
光にとって久しぶりの笑顔である。
「ああ、それから私のこと、祥子さんって呼んでね」
祥子は、音楽講師の名前である。
先生ではない、名前で呼んで欲しいと言う。
「え?」
驚く光に、祥子は一層近づいた。
光は固まってしまった。
「えへへ・・・」
祥子は、その顔を光に近づける。
「まずお礼の第一」
そのまま、光の額に唇を一瞬つけてしまう。
「わっ・・・」
光はいきなりのことに全身を震わせた。
「教室に戻ります!」
顔を真っ赤にして、もの凄いスピードで音楽室を飛び出していく。
「もう・・・逃げ足早いなあ」
これには、音楽講師祥子も呆れている。
春奈は、保健室に来た学生から、音楽室での光と柔道部顧問の一件を聞いた。
「うーん・・・ちょっと力が強くなってきたかな」
「まだ・・・大丈夫だけど」
ボクシング部の時よりは、光の中にいる阿修羅の力が強まったことを感じ取っている。
「ボクシング部の時はキャプテンだけだったけれど」
「柔道部は顧問をやっつけてしまった、しかもオリンピックか・・・」
「でもまだ、大きな怪我はさせていない」
「まだコントロール出来ているし・・・」
「あの時の地蔵さんの諌めが、まだ生きている」
春奈は奈良の実家に泊まった時に、光を見て話をする「阿修羅と地蔵の話」を聞いている。
地蔵が阿修羅に諌めたのは、その力の制御であった。
また、その力により、現代の世を「糺す」ことも頼んでいた。
春奈が見る限り、少なくとも地蔵の言う通り阿修羅は、光の身体を借りて、この学校内の乱れを「糺して」いるし、「制御して」ひどい怪我を相手に与えてはいない。
「まあ、もう少し様子を見よう」
春奈は、そう思った。
まだ光の動きが見ていて面白いのである。




