銀座に出かけることにはなったけれど・・・
「だって、さっきね光君が楽器屋って言うからさ、急に銀座に行きたくなったの」
由紀の目も、キラキラとしている。
「へえ、そうかあ、銀座かあ・・・」
光も否定はしない。
「ね!いいでしょ!たまにはね!」
由紀は、ほぼ強引に、光との銀座デートを決めてしまった。
光も、この時点では、春奈や華奈、ルシェール、ソフィーのことは、大丈夫と思った。
何より同級生の強みで、多少文句を言われても、抗弁が出来ると考えている。
「そうだねえ・・・楽譜も楽器もCDもあるしね」
「見たい店もあるし、食べ物も困らないしねえ」
光も簡単にOKしてしまった。
しかし、そんな光と由紀だけで、「簡単に決めてしまった二人の銀座デート」は、家に帰りその旨を伝えた途端、他の巫女たちから抗議を受けることになった。
「へえ・・・ふーん・・・銀座ねえ、由紀さんと二人だけ?私なんかどうでもいいんだ」
春奈は、本当にいじけた。
「あんな人通りが多い所で、警護だってあるんだよ!光君!自分の立場をわかっているの?」
ソフィーは「警護を理由として」相当に怒っている。
「ありえません!このルシェールを心配させないでください!冬は苦手な光君でしょ?ルシェールの温もりに包まれないで、どうして外出などするの?」
ルシェールは、かなり強行に反対意見を述べる。
「ふーん・・・寒空の下で、光さんの家の前でずーっと泣いてやるんだ」
華奈は「報復行動」まで言い出した。
「そんな大きなマスクをしなきゃならない時期ではなくてさ、もっと暖かくなったら私と行こう」
由香利も感づいたらしい、メールで、時期の変更と相手の変更を言ってきた。
「でね、たくさん引き連れていくかもしれないしさ、面倒なんだけどさ」
翌日になり、光は本当に申し訳なさそうに、他の巫女たちの状況を述べ、由紀に謝った。
由紀も呆れていたけれど、さすがにものわかりがいい、肩をすくめて了承をした。
ただ、簡単には引き下がらないのが、由紀の由紀たる所以。
「ねえ、人ごみに紛れて、二人で姿を消そうよ!」
由紀が話を持ちかけると
光も
「うん、どうせさ、あの人たちは銀座なんて都会には慣れていない」
「どうせ買い物に夢中になる、それに付き合うの面倒だね」
スンナリと同意する。
その光の言葉を、由紀は本当にうれしく思った。
「これこそ、損して得取れだ」
古くからのことわざが、由紀の心の中に明るく響いていた。
週末の土曜日になった。
今日は銀座で本来は由紀とだけのデートであったけれど、すんなりとは進まない。
光が珍しく早起きをしたことでさえ
春奈かが、まず一言
「あれーーー?どうして、こんなに早く起きるのかなあ?よほどいいことがあるの?」
見るからに不機嫌そうな顔になっている。
華奈が入って来た。
「さて、これから家の前で泣くかな、寒いなあ」
華奈も、口をへの字に結んでいる。
クラクションの音が聞こえ、ブルーのワーゲンが光の家の駐車場に入って来た。
インタフォンからソフィーの声が聞こえて来た。
「さあ、警護付きのデートだよ、もう由紀さんもルシェールも乗っているよ」
ソフィーの話し方にも、少しトゲがある。
「面倒だなあ、電車のほうが楽なのに」
巫女たちの内心の不満など、全く理解がない光は大きなマスクをつけ、ブルーのワーゲンに乗り込み、由紀の隣に座る。
「むむ・・・ためらいもなく」春奈
「すごく自然に座っているのは、学園内からの習慣に過ぎない」ルシェール
「いいや、どうせ光さん、寝ているだけだし、よだれ拭き係をしてもらえばいいや」華奈
様々、反発を見せる巫女連中はともかく、光と由紀は楽しそうに話をしている。
話題は、主にクラス内の学生の話とか、音楽の話のようで、他の巫女たちも容易には、口を挟むことが出来ない。
そのうえ、珍しく光も寝ることもなく、一行は銀座に着いた。
「うわー・・・!ここが銀座かあ!」
「かっこいい!」
「こんなに、たくさんの人って奈良だと、東大寺ぐらしかないよ!」
車を降りた途端、華奈の大声三連発が復活した。
寒川神社の御祈祷以来、「上品に、努力、精進」を誓った華奈の向上心は、由紀へのジェラシーから、あっけなく消え去っている。
「うん、確かに・・・多いねえ・・・大型バスもあちこち」
「それにしても中国人が多い、大きな荷物を持って、これが爆買い?」
「でも、確かにアンパンは美味しいけどさ、行列するほど?」
「やはり、奈良町とは違うなあ・・・」
春奈は、華奈よりは冷静、それでも大都会、銀座の雑踏に目を丸くしている。




