楓の寂しさ
翌日、光と楓は「お約束」のいとこデートとなった。
「うん、焼き立てのクロワッサンは美味しいなあ」光
「そうだね、光君がいるから来られたの」
楓は、クロワッサンを頬張りながら、周囲を見回している。
「ああ・・・そうだね、全くだね」
無粋な光も気づいた。
確かに日曜日の午前中、若い男女のカップルだらけになっている。
「それにしてもね、光君は、まあ里帰りっていうかさ、半分観光もあるけどね」
楓は首を傾げている。
「何か、問題があるの?」
光は楓の言葉の意図がわからない。
「だいたい、奈良町ってさ、地元の若い人はほとんど歩いていないの」
「すっごく古い千何百年前のお寺とか遺跡とかさ、神社もあるけどね」
「よほど歴史好きな人とか、若い女の子で仏像マニア、それも稀なんだけど」
「とにかく住んでみると、スーパーもデパートも身近にないし、不便なの」
ようやく楓の本音が出て来た。
「ふーん・・・じゃあさ、楓ちゃん、東京においでよ、大学に受かったら一緒に住んでもいいな、何の気がねもないよ」
光からの、やさしい声掛けがあった。
ただ、楓は複雑な表情を浮かべる。
「光君の気持ちは、すごくうれしいけどさ」
「本当に、本腰入れて勉強しないといけないしさ・・・」
楓は、そこまで言って顔を下に向けた。
少し震える声で、言葉を続けた。
「それまでに、光君のお嫁さんが決まっていたら、私、一緒に住めないもの」
「私としてはね・・・言いづらいんだけど・・・」
「早く決めてもらいたいし、決めてもらいたくない」
楓の本当の本音が飛び出した。
楓の複雑な気持ちなど、全く理解が出来ない光は、午後に再び春奈、ルシェール、ソフィー、華奈と東京に帰ることになった。
近鉄奈良駅では、いつもの圭子、楓に加えて春奈の母美智子も見送りに来た。
圭子は駅に近づくにつれて涙顔になる。
楓も似たようなもの、そして今日はずっと光の手を握って離さない。
楓は、改札口が見えてやっと光の手を離した。
すでに涙ボロボロになりながら、光に声をかけた。
「いい?絶対風邪なんか引いちゃだめだよ!」
「それから春奈さんとか、ルシェール、ソフィーの言う事をちゃんと聞いて」
「華奈ちゃんにも心配かけないでね」
「春休みになったら、お花見に帰って来るんだよ!」
「絶対の約束だよ!」
楓の光への言葉はそこまでだった。
言い終えた途端、泣きながら光に抱き付いてしまった。




