ビーフストロガノフを食べながら
光が少し反応した。
唇が動いている。
「え?なあに?光君」
ルシェールは本当にドキドキした。
光の唇が、再び動いた。
「ルシェール、ありがとう」
「ルシェールの手、温かくてホッとする」
「いろいろ、心配かけてごめんなさい」
そこまで言って、光は再び眠ってしまった。
「もう・・・謝らなくてもいいのに」
「でも、ルシェールの手、気づいてくれてうれしいな」
ルシェールはしばらく光の手を握っていた。
「それでも・・・」
ルシェールはようやく光の手を離した。
手が冷えないようにそっと布団をかけ、光の部屋を観察する。
「春奈さんが言っていたけれど、本当に整理整頓してある」
「ゴミとかホコリもない、髪の毛も落ちていない」
「そういえば、写真集も阿修羅しかないって、春奈さんに聞いたけれど」
ルシェールは、確かめたくなった。
「うーん・・・マジで阿修羅しかない」
「光君が、グラビアアイドルの写真を見ているのも気に入らないけれど、何もないのも変だ、いったいどういう男の子なんだ?」
「周りにいる、候補者が強すぎて、見る必要もないのかなあ」
「春奈さんだって、すごく美人だしスタイルもいい、一緒に住んでいて何もなかったのかな?」
「でも、何かあったらすぐにわかるし、今まで誰も何も感づいていないんだから、何もなかったんだ」
「それはそれで、春奈さんも、可哀そうだ」
ルシェールが首を傾げていると、買い出しから春奈とソフィーが帰って来た。
春奈とソフィーも光の部屋に入って来た。
「ああ、どう?」春奈
「よく寝ている」ソフィー
「うん、ほんの少し目を開けたけれど、また寝ちゃった」ルシェール
「ねえ、その手の本何もないでしょ」
春奈も、ルシェールの疑問は理解しているようだ。
「うん、全然、気配もない」
ソフィーは目を凝らして、引き出しやパソコンの中まで、観音様の力を使い透視している。
「普通、高校生ぐらいになると、男の子も女の子も、そういう話題が多いんだけどね」
「とにかく学園内でも、光君はその手の話題には全く、無関心って聞いたことがある」
「真夏に、私がお風呂上りで、少々露出の多い服を着てもね、光君って全く変わらないし、見もしない」
「ある意味、女性としての魅力がないのかと、がっかりしたことがあったぐらいだよ」
春奈は、本当に落胆した顔になった。
「まあ・・・そういう風に光君は自分を縛りつけている、おそらく傷が原因かな」
ルシェール
「もう少し時間がかかるかなあ・・・いろいろねえ」
ソフィーは難しい顔になる。
「うん、煮込み始めよう、結局、この子って、そういうのも亀だ」
春奈の「光は亀理論」は、ルシェール、ソフィーもすんなり納得した。
全員が光の部屋を出て、ビーフストロガノフを作りはじめた。
「どう?光君」
ビーフストロガノフはソフィーの味付けがメインである。
ようやく熱が少し下がったのか、光は顔色がよくなっている。
「うん、ソフィーの味付けっていうか、これはニケの味だよね。ハーブの使い方が美味しい、味も濃すぎないんだけれど、身体の芯から温まる味、ありがとう」
光は一口食べただけで、ニケの味を見抜いている。
「ありがとう、よくわかっているね、これはニケから厳しく仕込まれた味」
ソフィーもうれしそうな顔をする。
「いや、本当にトロトロなんだけど、味がどこか爽やかさがあるし、エキゾチックなわくわく感もある」ルシェール
「今日の素材はスーパーのだけれど、ちゃんとした所で素材を求めたら、味も一段とだね」
春奈がソフィーの顔を見ると、ソフィーも頷いている。
光もなんとか一皿食べ終えた。
「まだ、風邪気味だから、お風呂にサッと入って寝なさい」春奈
「長湯したらだめだよ」ルシェール
「子供の頃は、ルシェールもソフィーも一緒に入ったね、広いお風呂だし、今日もせっかくだから一緒に入ろうか?」
ソフィーは、光の赤い顔が見たかった。
ルシェールも春奈も、ドキッとするような言葉を光にかけた。
しかし、光の言葉は、全員をガッカリさせてしまった。
「多少広いお風呂だけど、何人も一緒に入ると狭くなる、広いお風呂のほうがいい、落ちつくから」
結局、光は一人でお風呂に入り、すぐにまた眠ってしまった。




