光の心の傷(5)心を閉ざした原因
ソフィーは少し付け加えた。
「その後なんだけどね、その暴走トラックが、光君のお母さんに注意されて腹を立てていたのかな、ますます乱暴な運転でね、早く来るはずの救急車と接触事故しているの」
「何しろ暴走トラックの中で、K二郎のド演歌ガンガンに鳴らしてサイレンも無視するし、おまけに酒気帯びさ、駆けつけた警察官にも演歌は日本の心、K二郎先生の男の演歌を聞いて走って何が悪いって毒づいている」
さすが、観音様の巫女ソフィー、光の家の駐車場監視カメラ映像から、そこまでリンクして調べ上げている。
「そのことを光君は?」
春奈は気になった。
「うん、史さんの口から聞いたみたい、史さんも暴走トラックのことと、救急車両の遅れを怒っていたから、調べたのかな」
ソフィーが答えた。
「うわー・・・そうなると、光君は自分を責めちゃうかなあ・・・」
ルシェールは難しい顔になった。
「そもそも、自分が家の前で走らなければなんだけど、暴走トラックと緊急車両との接触までは責任はないよ」
春奈は光が本当に可哀そうに思う。
「いや、でもね、光君みたいな多感な子は、そう思っちゃうのさ」
「光君が一番好きだったお母さんが、自分がはしゃいで走って帰ったことで、命を落してしまった」
「幸せの絶頂から一気に地獄の底に落ちてしまった」
「だから、あの日のことでずーっと自分を責め続けている」
ソフィーは、首を横に振った。
「その傷が癒えないと、とても恋とか・・・」
ルシェールは肩を落とした。
「でもね、それは悔やむことだけど、光君のお母さんも、それじゃ困るって思っているはず、光君のお母さんが一番喜ぶのは光君の笑顔のはず」
春奈はまた泣き出した。
「ただね、お父さんからその話を聞いた時から、光君の顔は能面になった」
ソフィーは、はっきりと言い切る。
「そこで、心を閉ざしたのか」
ルシェールは、肩を落としたままになっている。
「学園で最初に保健室に担ぎ込まれた時も、まったくボンヤリ顔だったなあ・・・」
春奈は、腕を組んで考え込んでいる。
「とにかく、光君の身体に力をつけるものを食べさせないとね」
ソフィーは二階を見上げた。
光は、春奈から風邪薬をもらい寝てしまった。
「そうだねえ、胃も弱っているかなあ、そうなると・・・」
ルシェールは何か光が食べることのできる消化のよい料理を考えている。
「そうなると、お粥、おじや、リゾット系かなあ、夏の時は茶粥にしたよ」
「下向いて顔を真っ赤にして食べていた」
春奈は、夏に倒れた時の事を思い出した。
真夏の自治会の運動会で日焼け止めも塗らず帽子もかぶらず、熱中症になりダウンした時の光である。
思えば、春奈が光の家で料理を作ったのは茶粥が最初だった。
「それでも、もう少し身体が温まるものがいいな」
春奈はソフィーの顔を見た。
ソフィーも春奈の意図がわかったようだ。
「ルシェール、トロトロのビーフストロガノフ作るよ」
「私と春奈さんは、食材買い出しに行って来るから、光君のこと見ていてね」
ソフィーも春奈も決断したら、行動は速い。
即座に玄関を出て、買い出しに出かけてしまった。
光の家には、ルシェールと布団をかぶって寝ている光だけになった。
「あ・・・今は、光君のこと、独占なんだ」
「ほんの少しの時間だけど、二人きりだ」
ルシェールは、風邪気味で寝ているとはいえ、どうしても光の顔が見たくなった。
不用意に光を起こさないように、慎重に階段をのぼった。
起こさないため、ノックもしないで、光の部屋に入る。
「うん、本当に寝ている」
「でも、可愛いなあ」
「ずっと、子供の頃から光君のこと、好きだった」
「好きだったし、心配でしょうがなかった」
光を見つめるルシェールの瞳から涙がこぼれて来た。
「そんなね、光君、自分ばかり責めちゃだめだよ」
「お母さんだって、そんな光君の姿、喜ばないよ」
「光君のお母さんは、光君の命を救ってお亡くなりになったの」
「光君はね、自分を責めるんじゃなくて、お母さんの気持ちを考えてあげないと」
ルシェールは光の手を握った。
「指が細いし、長いなあ、きれいな指」
「子供の頃から光君と手をつないで奈良公園を歩くの好きだった」
「光君、私より年下だけど、手をつないでいると安心出来る」
「ずっとつないでいたら、華奈ちゃんも楓ちゃんもソフィーも、怒っていたなあ」
「光君が離してくれないって、言い訳したら、もっと怒られた」
「それも、ずっと続いているのかなあ、これからもかな」
ルシェールは手の力を強めにした。




