光の心の傷(4)母の死
ようやく救急車が到着した。
「どうしてこんなに遅いんだ!」
父の史が怒鳴りつけている。
「ああ、申し訳ありません」
「先に出発した救急車が暴走トラックの事故に巻き込まれてしまって・・・」
救急隊員はしきりに頭を下げるけれど、今はそんなことでもめている場合ではない。
救急車に、菜穂子を乗せ、光、史、美智子が乗り込み、病院の集中治療室に入った。
「菜穂子さん!」
「もうすぐ圭子さんも美紀さんもナタリーもニケも来る」
「奈津美さんも来るから、それまで頑張って」
美智子は、菜穂子に懸命に何度も声をかけている。
しかし、何度声をかけても菜穂子は何も反応がない。
少しして、まず奈津美、それから圭子、美紀、ナタリー、ニケが蒼い顔をして入って来た。
「ねえ、しっかり、光君だって、まだ小学生だよ、残して逝っちゃだめだよ」圭子
「こんなに可愛らしい子を泣かしちゃだめだよ」美紀
「また、みんなで歌を歌おうよ」ナタリー
「菜穂子さんの料理も大好き、また一緒にやろうよ」ニケ
「姉さんがいなくなったら、私一人だよ、とにかく逝かないで」奈津美
全員の声掛けも、効果が無かった。
光に左手、史に右手を握られたまま、菜穂子は、その人生を終えた。
光は、既にあの世に旅立った母の左手を握ったまま、崩れ落ちた。
そして再び大泣き、それも心の底からの哀泣になった。
史も泣いている。
そして、奈津美と奈良からの巫女集団は菜穂子の遺体にすがって泣いている。
「おそらく、もともと心臓が弱っていたんだろうと思われます」
「もう少し早く来られれば、もしかすると助かったのかもしれない」
「それでも、何か突然、心臓に負担をかけるようなことをなされたのか・・・」
臨終を告げた医師も顔を下に向けた。
「母さん・・・」
「僕が悪かった」
「僕が早く母さんに会いたくて、成績表見せたくて、走ったのが悪かった」
「あの大きなトラックを母さんが止めてくれたんだよね」
「止めてくれなかったら、僕が死んでいた」
光は大泣きになりながら、母に何度も謝っている。
「光・・・」
光の肩に、父史の手が置かれた。
「お前は悪くない」
「悪いのはあの、暴走トラックだ」
「家の駐車場につけた監視カメラにしっかり映っていた」
「ただ、母さんは、お前を絶対に守りたかった、それで特別な力を思いっきり使った」
「そうでもなければ、あんな暴走大型トラックは止めることが出来ない」
しかし、光は泣き止むことがない。
「そんなこと言ったって、もう・・・」
光は床に突っ伏して泣いている。
母菜穂子の葬式の日になった。
滞りなく式は進むけれど、光は口をきつく結び、全く泣いていない。
父の史が光の手を握ろうとするけれど、光は握らない。
火葬場から光は、母の遺骨をずっと胸に抱いている。
墓に入れるにも抵抗を見せる。
「光、そろそろだぞ」
史がたまりかねて光に声をかけた。
「いやだー!」
「母さんをこんなに寒くて光の当たらない所なんかに・・・」
「いやだー!」
光は遺骨を抱きしめたまま、座り込んでしまった。
本当に抵抗をしていたけれど、とうとう史が光の手から遺骨を取り、墓に収めた。
「光、男の子は我慢だ」
「いつかきっと、母さんに逢える」
史は光を抱きしめた。
史も泣いてしまっていた。
光の母菜穂子の死の当日と葬式の日の過去透視を終えた。
「ふぅ・・・」
ソフィーから出ていた光は消えた。
「そうかあ・・・」
春奈も泣いている。
「光君、今でも自分が悪いって思っているのかな」
ルシェールも涙声、グジュグジュになっている。
「光君自身が本当に悪くなくても、原因の一つはあるって思い込んでいる」
ソフィーは哀しそうな顔になった。
「どうして、そこまで自分を責めるのかなあ?悪いのはそもそも暴走トラックでしょ?」
春奈は首を傾げた。
「光君だって、本当に勉強頑張っていい成績表もらって、早くお母さんに見せたいって走りたくなるのは当たり前」
ルシェールも光の自責の強さが理解できない。




