光の心の傷(3)悲劇
「母さん!」
光は本当に大きな声を出した。
とにかく母の顔が見たくて仕方がない。
しかし、次の瞬間、とんでもないことが起こった。
大型トラックの影が突然目の前に見えた。
しかも、かなり速い速度で角を曲がった。
「うわっ!」
光の目の前に大型トラックが猛スピードで向かってくる。
光はあまりのことに何も出来なかった。
頭を抱えて座り込んでしまった。
「あなたたち!どうしてそんな無神経な運転をするの!」
「一旦停止も左右確認も何もしないで、そんな速度で曲がって!」
光の耳に母菜穂子の声が飛び込んで来た。
光がようやく頭をあげると、大型トラックは光の身体の三十センチ前くらい、至近の位置で止まっている。
光が母を見ると、母は両腕を前にピンと伸ばし手を開いている。
大型トラックの運転手が降りて来た。
「うるせえ!」
「無事だったんだから、いいじゃねえか!」
「ガタガタ言うんじゃねえ!」
デップリ肥った赤ら顔の運転手は再び大型トラックに乗り込み、大音量でクラクションを鳴らして走り去った。
大型トラックの開けっ広げの窓から、K二郎のド演歌が聞こえて来た。
トラックにもペイントで「日本の男の歌、K二郎」と書いてある。
「母さん、ありがとう」
光は、母菜穂子にしがみついて泣いている。
「うん、光が悪いんじゃないよ、あの人が無神経すぎるだけ」
「でも、光も、もう少し用心しないと」
母菜穂子は、光を抱きしめながら、少し苦しそうな顔をしている。
光と母菜穂子がリビングに入った。
母菜穂子は、本当にうれしそうに光の成績表を見ている。
「うん、頑張ったねえ、偉かったねえ」
母菜穂子は、光の頭をなでている。
その後、光が紅茶を淹れて、母菜穂子とケーキを二人で食べている。
「母さん、美味しい!」
「何て名前のケーキ?」
光が母菜穂子に聞くけれど、簡単には教えてもらえないようだ。
「うん、紅茶淹れるの上手になったね」
母菜穂子は少し考えている。
「あの曲が上手に弾けたら教えてあげる」
母菜穂子は光の目を見た。
その菜穂子の目の色が濃くなった。
「うん、やってみる!」
光は飛び跳ねるようにピアノの前に向かい楽譜をセットした。
弾き出したのは、ショパンのノクターン第一番。
そして、菜穂子は目を閉じて聞いている。
「うん、上手になった。けれど・・・まだ・・・」
母、菜穂子は立ち上がった。
そして光の隣に立った。
その次の瞬間、悲劇が起こった。
菜穂子が胸を押さえ、崩れ落ちた。
「母さん!」
光は真っ青になった。
突然崩れ落ちた母の顔色が本当に蒼い。
携帯を取り出し、父の史に連絡をする。
「父さん!母さんが突然!」
光は既に泣き出している。
父の史の反応も早かった。
「わかった、近くにいるからすぐ帰る」
「救急車も呼んでおく」
その言葉通り、父の史はすぐに帰って来た。
光は倒れた母、菜穂子の身体にすがって大泣きになっている。
しかし、なかなか救急車は来ない。
父の史の顔は苛立ちを見せている。
春奈の母、美智子がリビングに飛び込んで来た。
大泣きになっている光が
「お願いします!母さんを助けて!」
美智子に何度も頭を下げる。
美智子も真っ青になり、脈を診ている。
時折、心臓マッサージをするが、どうにも回復の兆しはない。




