光の心の傷(2)
「・・・固いなあ・・・」
ソフィーの言葉が聞こえたのは、そこまでだった。
目を閉じながら、ソフィーの両腕の筋肉が張っている。
額からは汗が噴き出している。
「光君の意識の中に入っていくんだ」ルシェール
「固い氷を壊しているのかな、それで腕の筋肉が張っている」春奈
「すごく固いのかな、口で息をしている」ルシェール
「汗がすごいよ、全身からだ」春奈
しばらくは、その状態が続いた。
「あれ?呼吸が楽になっている、入れたのかな」
ルシェールがソフィーの変化を見た。
「うん・・・でも、ソフィー泣き出したよ」
春奈は、ソフィーの涙が気になった。
あふれるどころではない、大泣きになっている。
ソフィーの大泣きはしばらく続いた。
春奈とルシェールは震えるソフィーの身体を支え続けた。
「・・・う・・・」
ようやくソフィーが目を開いた。
少し肩で息をしているけれど、どうやら、話は出来るようだ。
「うん、見て来たよ」
「本当によくわかった、いろいろなことが」
息が少し荒いけれど、言葉ははっきりとしている。
春奈とルシェールは少し、ほっとした。
「それでね、ここにいる人だけでも仕方ないからさ」
ソフィーは春奈とルシェールの顔を見た。
「華奈ちゃん、由紀さん、由香利さん、奈良町の巫女集団含めて全員に、その日の真実を見せるよ、そうしないと光君の心の傷がわからない」
春奈とルシェールが頷くと、再びソフィーは目を閉じた。
少しずつソフィーの身体から、光輪が広がりやがて何も見えなくなった。
小学五年生の光が学校の自分の席に座っている。
本当に可愛らしい笑顔を見せ、担任から成績表をもらっている。
「光君、またトップの成績だね、よく頑張った」
担任から、おほめの言葉をもらい、光は本当にうれしそうな顔をしている。
光の席の周りの小学生からも、拍手が起こった。
周りの小学生たちも、ほとんど光が好きなのか、担任が教室を出ると光の周りに集まって来る。
おそらく休み中の遊びの相談でもしているのだろうか、本当に光の周りは大騒ぎになっている。
ただ、その光の人気が気に入らない小学生もいるようだ。
光が家に帰るために校庭に出ると、六年生の集団が光に向かって歩いて来た。
全員が空手着を身に着けている。
光を見る目も、威圧的である。
「おい!光!ちょっとばかし成績がいいくらいで、喜ぶんじゃない!」
「多少は運動神経もいいらしいが、ピアノばかり弾いていて、男として恥ずかしくないのか!」
「男だったらスポーツ、それも格闘技だろうが、喧嘩に弱かったら男じゃない!」
「休みは、空手の練習に来るんだろうな!」
「来なかったらただじゃおかないぞ!」
「六年生の言葉が聞けないなんて、言わないだろうな!」
どうやら、身体の大きな六年生の空手着集団は、華奢な光の成績がいいことと、ピアノを弾いていることが気に入らないようだ。
ただ、光は首を縦にふらない。
言葉はていねいながら、きっぱりと断っている。
「空手なんか好きじゃないし、ピアノの方がいい」
「だいたい、休み中だし、ほかのみんなと遊ぶ約束をしたんで、嫌です、行かない」
光は、そう言って空手着を着た六年生たちのところを通り過ぎようとする。
「おい!逃げるのかよ!」
「逃がさねえぞ!」
「そんな成績表なんか破いてやる!」
「指だって、踏みつぶすぞ!」
どうにも光の態度が気に入らない六年生たちが一斉に光に襲いかかった。
「あれ?当たらねえ!」
「逃げやがって!」
「どうしてかわされる?」
六年生たちの攻撃は全く光に当たらない。
当たる寸前に光は身をかわしてしまう。
そして、光は六年生たちのスキを見つけて走り出してしまった。
「うわ!逃げ足速い!」
「追いつけねえ!」
「何であれだけの運動神経でスポーツやらないんだ」
光への全ての攻撃を外された六年生たちは、肩で息をしている。
「格闘だけはやっちゃだめって、父さんと母さんに言われているし」
「ピアノの方が好きだし」
「成績もよかった、母さんに早く見せたいなあ、本当に早く見せたい!」
光は、一生懸命速く走った。
もう目の前に、光の家が見えている。




