光の心の傷(1)
しかし、ソフィーの苛立ちなど、光にとっては「まだ、どうでもいいこと」らしい。
顔は全くぼんやりしているし、駅を降りてからの足取りも普通である。
ただ、少し顔が赤いし、熱もあるようだ。
ソフィーもその状態では全く何もすることが出来ず、光の家に戻る以外にはなかった。
「ああ、コバエはつぶしてきた」
光は家の前に立つ阿形に少し笑いかけ、阿形が頷くと、どんどん家に入った。
「ああ、お疲れさん、悩みが深いねえ」
光が家の中に入ったことを見届け、阿形はソフィーに声をかけた。
「ねえ、全く・・・どうにもならないねえ・・・」
ソフィーの苛立ちを阿形も読んでいるらしい。
「でもなあ、こればっかりは、本人次第さ」
「下手に迫ると、どうも光って子はね、引いちゃうぞ」
「寒川様も懸命に奥深い所に火をつけたらしいけど、まだまだ」
阿形は難しい顔になった。
「そうなると、心のどこかにまだ、溶けていない氷があるのかなあ」ソフィー
「ああ、氷というか傷だね、なかなか癒すのは大変、だから癒しの巫女の春奈さんに住んでもらっているのさ、阿修羅の考えはね」
阿形は光の心の中の傷を指摘した。
「そうだねえ、時々感じるなあ、すごく寂しい顔する時あるしね」ソフィー
「なあ、いい男の子なんだけどなあ」阿形
「うん、ありがとう、とりあえず家に入るね」
ソフィーは阿形に頭を下げて光の家に入った。
「お疲れさまでした」
まずルシェールがソフィーに頭を下げた。
「うん、さっき光君に説明を聞いたし、刑事さんからも連絡があった、だから大丈夫だと思う、それでもルシェールにはもう少し泊まってもらう」
春奈も、おおよそ状況を確認したようだ。
「で、ところで光君は?」
ソフィーは一緒に帰って来た光がリビングにいないことが気になった。
「ああ、説明してくれた後、少し頭が痛いっていったんで、寝かせたよ、風邪の初期症状かなあ、薬は飲ませた」春奈
「うん、顔も赤かった、ちょっと心配」
ルシェールは心配そうな顔になった。
「由紀さんと由香利さんにも聞いたんだけどね、秋から冬って、ほとんどマスクをしていたらしいよ」春奈
「子供の頃は、もう少し強かったんだけどね」ルシェール
「いつも元気ハツラツだったことは覚えている」ソフィー
「それが夏に見た時に、真っ白というより蒼白って顔色でね」ルシェール
「それでも、みんなに協力してもらって、ある程度は食べるようになったんだけど」春奈はため息をつく。
「全く世話が焼けるねえ・・・」
ソフィーもため息をつく。
「でも、私は世話を焼きたい」
ルシェールの顔が引き締まった。
「それは、私も同じ、春奈さんも同じ」
ソフィーは春奈の顔を見た。
「ああ、その通り、由紀さんも由香利さんも、当然華奈ちゃんは必死さ」
春奈は、いまさらためらっても仕方がないと思った。
光の存在は、春奈にとって欠かせないし、否定もしない。
それと同時に、光を想う、必要とする他の巫女たちのことも、認めているのである。
「ただね、さっき阿形さんも言っていたんだけどね」ソフィー
春奈とルシェールはソフィーの次の言葉に注目する。
「とにかく迫りすぎても、光君は引くばかり」
「光君から求めさせないとだめ」
「まだまだ、心に大きな傷が残っている、それが癒えていない」
「その傷の原因がどこにあるのか、阿形さんが読もうとしても、光君の心の中にすごく固い結界があって読めないらしい」
ソフィーは、深刻な顔になった。
「そうだよね、それは感じることがある」ルシェール
「おそらくねえ、お母さんの亡くなった時からだと思う、だから、その時に受けた傷だね」
「具体的にそれがどういうことで、傷がついたのか、そこを直さないと光君の心は前に進まない」
春奈は感じたままを言った。
「光君本人に聞いても言わないだろうね」ソフィー
「今まで少し元気になったのは、対処療法で根本治療じゃないってことさ」
春奈は腕を組んだ。
「観音様の御力でも、その傷の原因を読めない?」
ルシェールは必死の顔になった。
「うーん・・・やってみるかなあ・・・今まではためらっていたけれど、話がこのままでは進まない」
ソフィーもそう感じたようだ、
「やってみる」
ソフィーの顔は厳しく変化した。
そして、何か不思議な呪文を唱え始めた。




