ルシェールの深刻な顔
「音もしっかり響くし、きれいになっているし・・・もともとリズム感だけはよかったけれど、選曲がいいのかなあ」
春奈は、急に上手に聞こえ始めた華奈のヴァイオリンは、光の選曲が良かったと思った。
その選曲の良さが、「曲に慣れるにしたがって、多少上手に聞こえる」原因を作っていると考えたのである。
「はい、少し休憩」
晃子から満足気な休憩の合図がかかった。
光が珈琲を淹れ、全員で休憩になった。
「うん、やはり美味しいなあ」
晃子は、うっとりと珈琲を飲んでいる。
「晃子さん、今日の練習は順調みたいだね、曲が弾きやすいのかな」
春奈は、晃子にサグリを入れてみた。
そうでなければ、華奈のヴァイオリンがあんなに上手に聞こえるわけがないと思っている。
「いや、曲は弾きやすいこともあるけれど、華奈ちゃんが上達したの、全ての動きがスムーズ、なめらか、っていうかさ、事実だよ」
「もっと本気にさせたくなった」
いつもは厳しい晃子の口から、信じられない「おほめの言葉」である。
ますます、春奈は驚いてしまい、華奈は頬を赤らめている。
休憩後の練習も全く順調、晃子は大満足してレッスンを終え、すんなりと帰って行った。
「あの晃子さんが、すんなりと帰るのもびっくりだし」
「いったい、どうなっちゃったの?」
春奈が首を傾げていると、華奈も帰るようだ。
「今日は練習お付き合いありがとうございます」
「また、明日もよろしくお願いいたします」
「これから家で、勉強がありますので、今日はここで帰ります」
「本当にありがとうございました」
華奈は、丁寧にお辞儀をして家に帰ってしまった。
「いつもは、美紀さんの帰れコールがあるまで粘るのに」
「いったい、何があったのかなあ」
「華奈ちゃんにキチンとされると、逆に怖いなあ」
「小娘華奈なんて、馬鹿に出来なくなったらどうしよう・・・」
春奈が腕組みをして考えていると、華奈の母美紀から電話がかかって来た。
「ねえ、春奈ちゃん、華奈ね、しっかり玄関で靴をそろえてさ、きちんと挨拶して二階の自分の部屋で勉強している、なんか変だよ」
「今までが今までだっただけにさ・・・」
華奈の変化をほめているというよりは、不安すら感じている。
「ヴァイオリンも上手になっていますしねえ・・・」
春奈も、不思議過ぎて、その程度の言葉を返すぐらいしか出来なかった。
お昼前に、突然ルシェールがやって来た。
珍しく深刻な顔になっている。
「今日は華奈ちゃんといい、ルシェールといい、雰囲気が違うなあ」
春奈は、またしても首を傾げながらルシェールをリビングにあげた。
光も、いつもと異なるルシェールを見て、心配そうな顔になっている。
「どうしたの?何かあったの?」
珈琲を出しながら光がルシェールに声をかけた。
「うん、ルシェールに、そんな暗い顔をして欲しくないな、何でも聞いてあげるし、力になれることがあったらお手伝いをするよ」
春奈も、ルシェールの肩に手をかけた。
しかし、なかなかルシェールは口を開かない。
光の隣に、ピッタリと座り、顔を下に向けているだけである。
「うーん・・・」
春奈も光も本当にどうしたらいいのか、わからない。
しばらくは、その状態が続いた。
「ごめん、こんな顔しちゃって」
ようやくルシェールが口を開いた。
ただ、その深刻な顔は変わらない。
「うん、何でも言って」春奈
「出来ることならするから」光
「ごめんなさい、こんな話で」
「不思議な話で、インチキな話ではないよ」
ルシェールは話し始めた。
「うん、ルシェールはインチキな話なんかしないよ、大丈夫、何でも話して」
春奈はルシェールを本当に信頼している。
とにかく優しく真面目、美人、諸芸百般どれをとっても、完璧で信頼が出来る。
光を今後支えていくには、申し分ない女性だと認めている。
「それで、驚いたのは私が持っているマリア様の像なの」
ルシェールがようやく具体的な話を始めた。
「うん、マリア様がどうかしたの?」
光も身を乗り出した。
「それがね、まず目から赤い血のようなものが流れて、ほんと、インチキじゃないよ」
「そもそもね、白木のマリア様なの」
ルシェールの表情は震えているように見える。




