漁師鍋の後で
「ニケさん、本当に美味しい鍋でした」
帰り際、光はニケの手を握ってお礼を言う。
「いや、光君に握られるなんて照れちゃう」
「でも、うれしいな、子供の時以来だもの」
ニケも、うれしそうな顔になる。
「今度、また杉並に来てください」
光は、ニコニコと笑っている。
「うん、ピザパーティー?ああ、新鮮な魚貝ピザもいいなあ」
ニケも、すぐに反応した。
「うん、ニケさんの笑顔って、元気が出るんです」
光としては本音。
「私もだよ、光君の笑顔は、すごく好きだよ」
ニケは、最後までうれしそうだった。
帰りの車内では、光は当然、食べ過ぎで熟睡になった。
「ニケさんの、漁師鍋も美味しかったけれど」春奈
「あんなに簡単に手を握るとは」ルシェール
「私の時は、居眠りの枕だけど」
確かに光は美紀の肩に頭を乗せて、「今も」居眠りになっている。
「ああ、光君ね、漁師鍋って本当に好きなの、だからいつもニケの手を握る」
「でも、私の手は握らない、それがちょっと悔しい」ソフィー
「そうかあ、それならばだなあ・・・」
華奈は何か考えている。
「私が漁師鍋を作れるようになるのは、なかなか前途は多難だ」
「そういう難しいことはカットして、私が光さんの手を素早く握ってしまうことが一番だ」
「今は、あの美紀って年甲斐もない母が邪魔だけど、スキを見つけて、実行に移す」
とても他の巫女が聞いたら「呆れる、がっかりする」ようなことを真剣に考えている。
「まあ、でも、後でいいや、もう眠いし」
その「華奈なりの」真剣な思考も長くは続かなかった。
他の巫女たちも、結局眠ってしまっていたし、華奈も眠ってしまった。
特に華奈の夢には、「漁師鍋を光と食べる」姿が浮かんだこともあり、眠りながら華奈は「よだれ」をたらしているほどである。
「まあ、漁師鍋か光君かわからないけれど、華奈ちゃんも、あれじゃあ本当に前途多難だなあ、光君の心は本当はどこにあるのかなあ」
運転をしながら、ソフィーは心配になっている。
「とにかく、光君の血を引く男の子が生まれなくてはならない」
「由紀さんとの過去世はわかったけれど・・・」
「後は由香利さんか、一度光君を連れて伊勢だなあ」
「少し間をおいて、人数も制限して行くことにしよう」
「誰を削るのかも難しいけれど」
「それでも、出発する前に片付けることもある」
「どうしても光君のというか、阿修羅の力も必要だし」
運転をしながら、ソフィーの頭はグルグルと回転していた。
ルシェール、美紀と華奈の母娘をそれぞれ送り届けた後、ソフィーは、光の家に入った。
「ソフィーも本当にありがとう」
光はソフィーの手をすんなりと握りお礼を言った。
「わ、こちらこそ・・・ありがとう、楽しかった」
思わずソフィーは赤面してしまった。
その赤面を、春奈は驚いている。
「そうかあ・・・ソフィーだって光君とは付き合いが長い」
「ずっと握ってもらわなかったんからうれしいんだ」
「ソフィーの赤くなった顔もなかなかきれいだ、私には負けるけれど」
様々、理由をつけて、春奈は、懸命に自分の心を落ち着けている。
「ソフィー、大変だったね、一日本当にありがとう」
春奈からも声をかけた。
ソフィーも本当に、やさしい顔になった。
「こちらこそ、なかなか楽しかった」
少しだけ世間話をして、ソフィーは帰った。
光家は、再び平穏な状態になった。
お昼の漁師鍋で食べ過ぎたため、夕食はめずらしく、関西名物ニシンそばになった。
「あ、これも懐かしいなあ」
光は美味しそうに食べている。
「へえ、そんなに喜んでもらえるとうれしいなあ」
春奈は、光の久々の食欲が、本当にうれしい。
夏頃の小学生以下の食欲に比べれば向上したけれど、カロリーでいえばよく食べて一日で千二百ぐらいしかない。
それが、今日一日だけでも、千五百は超えていると思う。
高校二年生男子の平均的な食欲や摂取カロリーから考えると、物足りないとは思うけれど、幾分かの成長がうれしいのである。
ただ、食事が終わった後も、春奈の母美智子には連絡しない。
連絡したところで帰って来る答えは決まっている。
「今頃、そんなこと言っているの?」
「漁師鍋っていっても、春奈が作ったわけじゃないし、ニケとソフィーでしょ?」
「華奈ちゃんはともかく、あなたがもっとしっかりしないと」
母親美智子の言葉は容易に想像できる。
「あんな鬼母など気にせず、今の光君との生活を楽しむべきだ」
春奈は、すでに心を決めているのである。




