第33話怒り心頭の柔道部顧問
「あり得ない!」
柔道部顧問は、顔を真っ赤にして教員室に戻った。
あの実力者野村の柔道が、弱々しい初心者光に全く通用しない。
いや、通用しないどころか、軽く、いとも簡単にポンポンと投げられている。
「あんなサンドイッチしか食べられない軟弱男に」
サンドイッチだけが軟弱な光ではないが、何しろ「国粋主義者」の柔道部顧問には、どうしても「毛唐」の食べ物は軟弱なのである。
「それにしても赤っ恥だ」
柔道部顧問にとって「毛唐のもの」、「児戯」であるボクシング部での光の一件はどうでもよかった。
何より心血を注いで「大和魂」を教え込んだ我が柔道部員が「サンドイッチ」に歯が立たなかったのである。
「それにしてもこのままじゃ済まされん」
この学園の誇りである柔道部が赤っ恥をかかされてしまった。
しかも、自分の目の前で。
もし、今日の授業に出ていた学生がその噂を学園内から学外に広めようものなら、どれ程恥ずかしさが増すだろうか・・・
柔道部顧問は、そう考えると居ても立ってもいられなくなってきた。
「何とか、あの光を柔道場にもう一度呼ばなければならない」
つまり、野村よりも、もっと強い相手と組ませて、グゥの根も出ないほどに痛めつけるか・・・それとも柔道部員として引き込んでしまうか、柔道部顧問の考えは二つに絞られた。
「一番正攻法なのは・・・」
才能があるとか言って都大会への出場をほのめかして、柔道部員に引き込むことである。
その上で、さんざん、しごいて根を上げたら辞めさせればいい。
ただ、二年生の夏まで帰宅部だった光を急に部員とすることは難しいと思った。
それ以上に、あのサンドイッチしか食べない軟弱な光の顔が、イマイチ気に入らない。
それ以外には、野村より強い柔道部員に相手をさせて、痛めつけることである。
「その場合・・・」
帰宅部の光をどう「だまして」柔道場に連行するか、策を考えねばならない。
光が柔道場に来たのは、あくまでも「授業」として来たのである。
いつもあっという間に帰ってしまう光を、授業終了とともに確保するためには、帰れない理由が必要なのである。
柔道部顧問は、しばし思案した。
「まあ、正攻法でいくか・・・」
「だますのは良くない」
柔道部顧問は「正攻法」を考えた。
「野村も今日のことで、かなりショックだったと思う」
「マグレにしても、自信をなくしてしまったかもしれない」
「光にも一応実力を認め、万が一の場合の野村の補欠ということで引き込む」
「この伝統ある我が柔道部の補欠になるだけでも、光栄ではないか」
「話をすれば、すぐに飛びついてくる」
光が柔道に関する興味の無いことを全く理解していない、いかにも体育系の単純かつゴーマンな発想である。
ただ、そうとなれば単純発想の体育系は行動が速い。
早速、柔道部顧問は光のクラスに歩いていく。
しかし、柔道部顧問の考えはまるで浅かった。
廊下には誰も歩いていない状態。
何しろ、そもそも光に会いに行くにしても、今は授業時間中なのである。
ただ、自ら「正攻法」と考えた言葉に、顧問本人が酔ってしまっている。
既に、冷静な思考力が欠如しているのである。
それでも、数クラス歩いていくうちに、それぞれのクラスから教師の声が聞こえて来た。
「何だ、授業中か」
普通なら、そこで教員室に戻るのであるが、自分の考えに酔い、頭に血がのぼってしまった柔道部顧問は光のクラスを目指して歩いていく。
「教室についたら、授業中であろうがなかろうが、引っ張り出せばいい、この我が学園誇りの柔道部顧問に逆らえるヤツなどいねえ!」
柔道部顧問は、自信満々で廊下を歩いていく。




